第16話 告白を毒す

 精霊の巫女とは各種族の始祖が持っていた力を扱う事の出来る百年に1人いるかどうかの存在。生まれた瞬間から反射的に力を使い、七色に輝く精霊の眼が特徴とされる。その中でもシルフィ族の巫女は風と光を司り、陸上ならどこにでも存在する大気と光を自在に操る事から最強の巫女として古く大陸史に名を残している。

 また現在、精霊の巫女は世の秩序を壊す存在として精霊教会というどの国にも属さない独立組織が管理する決まりがある。


「――ってな訳でエレナはスゴイ存在なんだよ!普通ならこんな小国の一隊員として働かねぇ。子供のうちに精霊教会に引き取られて、そのまま大聖女なるはずだな。」


 いじけたフラウに変わってジャニスが掻い摘んで精霊の巫女についてティルぴとナクアに説明した。


「はあ?じゃあさ、なんでその子ここにいんの?」

「うーん、多分だけど――」


「――それはッ!……私が自分で言います。」


 ジャニスの話を遮るように、ここにきて終始沈黙を守っていたエレナが遂に口を開いた。全員の視線がエレナに集中すると何故かナクアを盾代わりにして気まずそうに話し始めた。


「……私は精霊の巫女といっても反射的に能力を使ったり出来ず、力も微弱でご覧の通り精霊の眼も持ち合わせていません。なので誰も、私ですら"他の人と少し違うな"位で気が付かず、幼い頃からずっと普通のシルフィ族として生活してきました。実際、力も他の人と違う事が嫌で家族だけの秘密にしていましたし……」


「エレナ……あんた……そんなに喋れたんだな。」

「……すみません。その、人見知りなもので。」


 ジャニスが驚いた顔でそう呟くと、エレナは心底申し訳なさそうにナクアに隠れながら答えた。どうやらナクアは子供なので平気らしい。


「……それで、転機があったのは国の役人として働いて3年目の去年でした。軍部総司令官の秘書に抜擢され、初顔合わせの時に一発芸をムチャぶりされて困った私は巫女の力で、頭以外を透明にして「これが本当の顔採用。」と芸を披露したんですが、その時に"なり損ないの半精霊の巫女"だと指摘されました。」


「とうめいになれるの!? すごーい!」

「そ、そうかな……よく分かんないんだけど、自分や触れた物に効果があって……こんな感じ。」


 そう言ってエレナが近くの石に触れるとナクアの目の前から石が消え、驚いて石があった場所に手を伸ばすと確かにゴツゴツした硬い感触があった。


「うわー!すごい!すごい!のぞきしほうだいだね!」

「覗き魔の巫女www 」

「の、覗き!? し、してませんよ! 私はしてませんよ!!」


 アラクネ親子が発した覗きという単語に過剰反応するエレナ。この透明=覗きという発想は世界関係なく誰しもが考える事だった。


「はあ、エレナ。隊長として私も責任は取ろう。……で、誰の部屋に入った?」

「エレナさん、信じていたのにぃ……やっぱり男子更衣室ですかぁ?」

「控えめに言って最低ね。……だ、男子トイレなの? それともお風呂?? さあ、何をとは言わないけどランキング形式で教えなさい!」

「目元でわかるぜ!やっぱりお前はむっつりスケベだったんだな!しかし……まさか男子の××××を至近距離で覗くなんてやるな!ヒュー!!」


「だ、だからしてませんよ!! 勝手に変な想像しないで下さい!! うぅ、こういうノリが嫌で内勤だったのに……」


 エレナは昔から体育会系のノリや下ネタが苦手で最初は実働部隊を志望していたが、現実を知って内勤に変更していた。もはやエレナそっちのけで透明人間トークを繰り広げる一行に辟易としながらわざとらしく咳払いをして軌道修正するエレナ。ちなみに覗きはちょっぴり興味はあるが本当にしていない。


「――ごほん! 話を戻しますが、なんでも私の様な"なり損ない"は結構いるそうで、何も知らないまま生涯を終える人も多いとか。でももし発覚すると人売りに誘拐されたり、教会の研究施設に送られ、実験の玩具にされるらしいです。……されるらしいんですよフラウさん!!」

「す、すまない。なるほど……しかし私達を襲ってきたこいつらは人攫いや教会関係者とも違わないか?――おい!お前たちは何者だ!答えろ!!」

「……。」


 真面目なフラウが1人、影武者に突っかかるが無言でニヤニヤと笑うだけだった。フラウはすかさず応戦する。


「貴様あ!!――こうなればティルぴさん、アレをもう一度お願いします!」

「えーだる。まあ別にいいけどさぁ……これ加減間違えるとヤバいらしいんだよね。まあ、やるけどwww」

「――ッ!!やめ……ろ……」


 ティルぴがおもむろに影武者の腕に噛み付いた。その光景は先程、犯行の目的を聞き出した時と同じ。アラクネは蜘蛛糸の他にも毒という独自の能力を持っている。その中には大脳上皮麻痺や快楽物質によって口を軽くする特製の自白剤が存在していた。


「クククク、ボクたちは世界の転覆を目論む闇に巣食う伝説の組織……秘密結社タナトス・ダムナティオだ!! そして、この名を聞いて生きていた奴はいない。盲目なる死者に救済を、レクゥィエスカト・イン・パーケ…」

「ひ、秘密結社タナカ? スダ? マサ?……タナカスダマサティーノですって!!」

「ロゼッタ、たぶんタナカスダマサティーノじゃないですよぉ。 確か……タナカラオモチーノじゃなかったですかぁ?」

「えっオチチーノ? くそ全然覚えらんねぇ! エレナは覚えられたか?」

「……え、ええ割と。タナカトオチンピーノ……なんて醜悪な名前。侮れません!」


 隊員たちが聞きなれない言葉に困惑している。そんな姿を見て影武者は少しだけ何か言いたそうな顔をしていた。


「レ、レクゥィエスカトwwwインwwwパーケwww 意味不明すぎてウケる‪w‪w‪w‪w‪」

「うわぁ…たなとすせんぱい、まじかっこいいっすねwww」


「……。」


 一方、アラクネ親子は記憶力はいいが平常運転だった。異世界においてもこの手のタイプとギャルの相性は最悪で、ナクアに関しては一定の理解がある故に、イジらない選択肢がハナから存在しなかった。影武者は何かを諦めたように皆から顔を背けてそっと目を瞑った。

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