第15話 裏切者を毒す

 娘にかざされたナイフを見た瞬間、ティルぴの世界が停止した。先程の溺れていた時とは違う明確な悪意を持った第三者の出現。きっとティルぴの力なら影武者が気が付かない一瞬のうちに全てを終わらすことが可能だった。しかし子供を前にそんな判断能力は無くなっていた。


「ははは、漸くボクにもツキが回ってきた!フラウも下手な真似はするなよ。あんたもアラクネの恨みは買いたくないだろ?――おっ子供が目覚めたみたいだな。」

「んん、あ?」


 ナクアが起きた事でティルぴの停止した世界が動き出す。しかし混乱から喉がつっかえ言葉が続かない。


「や、ヤバいから!マジヤバいから!」

「あー、ん、あ?」

「だからマジやばいの!!」

「……ん??」

「いや、だからヤバ――」

「うるさい!黙ってろ!! 大体子供も困ってんだろうが!!……悪いね。君に恨みはないけど、ちょっと人質になってもらうよ。」

「あ? んん??」


 ティルぴは動揺で語彙がやばい以外消滅していた。そして寝起きのナクアも知能が消滅していた。影武者に声を掛けられて漸くナクアは首筋にあるナイフに気が付くも寝起きのため慌てる事なく冷静に状況を分析していた。


(うーん、ティルぴがヤバいって言いながら焦ってて、口の悪い女の子が私を抱いてて、手にはナイフがある。えっと、つまり……あーだめだ。パンツ作り過ぎて頭回んない。ふとした拍子に脳内でパンツが完成してる。疲れた……ティルぴに甘えたい。ていうかコイツ誰なの?? 空気読めよ。)


「……こいつだる。とりあえず、コレぼっしゅう。」

「ははは、よく喋る子供だな。」


 ナクアの蜘蛛脚から半透明な細い糸が密かに伸びるとナイフにクルッと1回巻き付き、キュッと結ぶ要領で根元から切断した。しかし刃はまるで切られた事に気が付いていない様にそのままの状態を維持している。そして他の脚から伸びた糸は髪の毛程の細さで影武者の体に巻き付くと音もなく硬質化した。


「おまえは、はんせいしてて……よっと、ティルぴ〜だっこしてぇ」

「もう、甘えん坊かよwww ていうか寝てる間に強くなり過ぎじゃね? ガチ睡眠学習じゃんwww」


「ほぇ?」


 何故か影武者が抱いていたはずのアラクネの子供がいつの間にか歩いて母親の所に戻っていた。

 そして喋ろうとした瞬間、甲高い音を上げて地面を跳ねる輝く刃を確認し影武者から間抜けな声が漏れる。嫌な予感がして自分の手元を確認すると見覚えのある高そうな柄だけを握っていた。

 途端に不安が押し寄せ、体を動かそうとするが指1本ピクリとも動かない。目を凝らすと全ての関節にに髪の毛程の糸が巻き付いており、そこで漸く影武者は自身が手を出した存在が如何に規格外の化け物だったかを思い知った。


「おかあさん、ひといっぱいで、ぱーてぃーみたいだね!」

「やば、パーティーとかウケる‪w‪w‪w‪ 血祭り的なwww」

「それな!」


「「……。」」


 ――その後、隊員達を蜘蛛の巣から全員解放したティルぴは何故かガタガタ震えて抱き合っている隊員達を見て、呑気に女の子同士の仲良しグループで集まっててちょっぴり羨ましいと思っていた。そんな事を考えているとフラウが目の前で頭を下げ、真面目な顔で口を開く。


「ティルぴさん、この度は助けて頂いてありがとうございました。こうして原因の裏切り者も見つかり少しスっとしました。もう覚悟は出来ています。……ではひと思いに殺して下さい!!出来れば苦しまないタイプの毒でお願いします!!」

「いや、なんでだし!確かにあっちの奴は関節リバースさせて軽くポキりたくなったけどwww 人殺しはありえないから。」

「え、そうなんですか!!あっ……殺すんじゃなくて食べるってオチとかは?」

「ないないwww フラウっちの偏見エグwww」


 ティルぴの言葉に安心したのか隊員達に少しだけ笑顔が戻る。ちなみに影武者は五月蝿いのでティルぴが口に糸玉を詰めてから縛り、即席の猿轡を装着させていた。その時に口から自害用の毒丸薬が飛び出しティルぴが平然と食べ「32点」と言って影武者含めて全員がドン引きした事は記憶に新しい。

 一方、ナクアは初めてみる母親以外の異世界人たちに興味津々だった。一人一人の顔を隈なく観察していく。


「本当に一時はどうなるかと思いましたが安心しましたぁ!」


(おっとりした雰囲気のふわっとしたピンク髪。そして何よりあの憎たらしい程の巨乳。あだ名は……お乳ピンクね!)


 ナクアは自分でも認識しているがネーミングセンスの欠けらも無かった。あと前世は貧乳で苦しんだ為、母親のティルぴは例外だが巨乳に対して多少の私怨が篭っている。ちなみに彼女の名前はマニエラ。


「はあ、安心したら腹が空いてきたぜ。」


(赤い髪の無造作ショートカットにエキゾチックな褐色の肌。そしてあのモデル体型!あだ名は……ラテンレッドね!)


 エキゾチック+モデル=ラテンという謎の計算式によって導き出されたフワフワしたあだ名の彼女はジャニス。


「たくあなたって本当に品がないわね。」


(後ろで束ねた金髪。あとは……まあ普通。でも雰囲気が悪役令嬢っぽいかも!あだ名は……嫉みゴールドね!)


 あだ名というか悪口だがナクアに悪気は無い。悪役令嬢の勝手なイメージだけで付けた非常にタチの悪いあだ名の彼女はロゼッタ。


「ティルぴさん、折り入って相談なんですが裏切り者に目的を聞いて頂けませんか? やはり王女以外の動機が何なのか知っておかないと不安があるのです。」


(この人はフラウさんだっけ? 黒髪ショートカットに涼やかな目元。真面目でかっこいい雰囲気だけど、チラッと見えた靴下の模様が……おじさんの顔に渦巻き?? あだ名は……残念ブラックね! )


 ちなみに靴下はブランド物。買った時は逆にありだと思ったが、家に帰って履いてみたら奇抜すぎるデザインで押し入れにしまっていた品。今回は履き潰してもいい靴下という事で持ってきた事が災いした。


「……?」


(あっ気付かれちゃった!最後はあの子。ボブカットの重めの銀髪に……え!! あれって!?)


「おかあさん、ちょっとおろして!」

「ちょっと暴れんなって!ったく、別にいいけど遠くに行ったらダメだからね!」

「うん!!」


 ティルぴから離れてトタトタと銀髪の女性に近づくナクア。女性は既にナクアに気が付いていて少しだけ微笑みながら目線を合わせるようにしゃがんで優しく話し掛けてきた。


「どうかしたの?」

「えるふですか?」

「えるふ??」

「そのみみ、えるふじゃないの??」

「あーシルフィ族のこと? 小さいのに賢いのね。えらいえらい。」

「へへ、そうかな。わたし、なくあっていうの! おねえさんは?」

「ふふ、ナクアちゃんか。私の名前は――」


「エレナが精霊の巫女だと!!? それは本当か!!」


その影武者の近くから聞こえたフラウの声に全員が反応する。パッとフラウに向いた視線が踵を返して一斉に銀髪の女性とそばに居るナクアに向かう。隊員達は精霊の巫女について知っている様な反応だが、ナクアは当然としてティルぴもよく分かっておらず首を傾げてキョロキョロしていた。


「フラウっち、その精霊の巫女って何なの? 」

「えっと、どう説明すればいいのか……結構長くなりますよ?」

「そマ? あーしの娘にもわかる様に4行くらいで簡潔に頼むわ。ナクアはリクエストある?」

「じゃあ……ぎゃるふうで。」

「えっとギャル風?……せ、精霊の巫女ってぇ数百年に1人の激レアでぇ、特にシルフィ族の精霊の巫女はエグち。ゆーて国同士のフレンド申請が速落ちレベルのやばさでぇ顔バレすっと最悪戦争ポンポンウェーイ!!みたいな?」

「あははは、意味わかんなwww」

「せんそうぽんぽんうぇーいwww」


「「ぶあははははははッ!!」」

「笑うなんて…可哀想…でふふふふふっ」

「……ブフォッ…お、お腹痛い」


フラウのギャル言葉はエレナ含め隊員達に大ウケした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る