第14話 気持ちを毒す

 暗い空間でナクアは自分の不甲斐なさに落胆していた。気を紛らわすように拳を握り地面に叩きつける。


「くそ!!こんなのじゃだめだ!」

「ナクア……少し休みなさい。」


 パンツ職人見習いナクアは大きな壁にぶち当たっていた。一言にパンツと言っても様々な種類が存在している。その中でナクアが目指すパンツはレースやコットンで装飾された一般的な女性用ショーツである。薄く肌触りのいい生地、ウェストのゴム、レースの刺繍、クロッチ部分の綿、全体のバランスに立体的なフィット感、そして何よりも可愛いこと。現代のパンツは正しく英知の結晶であり、機能性と可愛さを極限まで高めた至高の逸品。


 ナクアは魔糸マギトを数回の練習でものにした。彼女は自身の肉体を的確に操る術を本能的に理解している。それは前世から受け継ぐ生まれ持っての圧倒的な才能。そしてその結果、彼女はこれまでの人生で大きな挫折を経験したことは無かった。その性格もあって周りの声は気にしないし、自分の全てを受け入れていた。そんな彼女が自らに課した一からパンツを作るという無謀な挑戦は正しく「井の中の蛙大海を知らず」だった。


 ジョリーンが易々と作ったパンツは縫製から素材選び、デザイン全てが完璧だった。寧ろ現代技術を軽く超えていた。刺繍の細さ、生地の肌触りと質感、そして軽さと絶妙な透け感。それがパンツという1つの芸術作品として完全に調和している。


 ナクアはジョリーンのパンツと自分が作ったパンツを見比べて悔しさを滲ませる。


「こんなの全然パンツじゃない!! もっとパンツらしいパンツを!ジョリーンみたいにパンツを超えたパンツじゃないと!!」


 ナクアのパンツは確かにパンツとして成立してはいるが、それだけパンツだ。縫製も生地もデザインも歪で何より2次元のパンツをただ立体的にした様な違和感があった。ナクアはジョリーンを参考に立体コピーの様に下から層を重ねてパンツを作成している。しかし技術と経験で劣るナクアはどこかのっぺりとした安っぽい印象になっていた。


 またナクアは前世である程度の裁縫技術を学んでいる。母親が放任だったため、幼稚園や学校の縫い物は全て自分でやっていたからだ。型紙をとって簡単な服なら作った経験もある。それでも、いや、だからこそジョリーンの技はナクアの常識を超えていた。


「……ナクア、いい加減に私を真似るのはやめなさい。」

「でも、私にだって――」

「あなたの作りたいパンツは何なの?」

「私の作りたいパンツ……」

「あなたは誰かを思ってそのパンツを作っているの? 履く人の気持ちを少しでも考えてた? ……ねえナクア、あなたにとってパンツって何かしら?」


(何ってそんなのわかんないよ。パンツはパンツじゃん! 履く人なんて関係ない。ジョリーンみたいな可愛いくて凄いパンツなら……きっと……)


「地球の下着メーカーは長い年月研究を重ね、それでも日夜努力を惜しまない。それに比べてあなたがパンツと真剣に向き合った時間は? きっと下着メーカーにこの質問すればきちんとした答えが聞けるわ。」

「……。」


 ナクアは自分の過ちに気がついた。ジョリーンに対抗意識を燃やすあまり本質を忘れてパンツにのめり込んでいた事に。ナクアは至高のパンツを作る為に技術を学んだ訳では無い。何よりもティルぴに、お母さんに渡すパンツを作っていたのだ。


「ティルぴは足がファーになってるしきっと何かを履く行為自体が難しい。そうね、私なら――」

「やめて!! 私が自分で考えて作るから黙って見てて!!」

「ふふ、わかったわ。」


 良い品が必ずしも最良とは限らない。尚のこと毎日使う品はその人にあったものでなくてはならない。ものづくりの基本中の基本だが、そんな単純なことすら自信家なナクアは気が付かなかった。これまで自分の事しか見ていなかった地雷女が確かに成長した瞬間だった。


 ――それから暫くして漸くナクアの特製魔糸パンツの雛形が完成した。だがナクアはまだ納得していない。しかしながら縫製に関して言えば既にタランチュラ種のティルぴを抜いているし、並のネフィラ種より均一で細い糸を使いこなしている。


「でもやっぱり縞パンも捨て難いな。色付けできないのが悔しい。あっガーターベルトも良いよね。」

「……もういいでしょ。早く戻りなさい。」


 ただ地雷っぽいセンスと自信家な所は別に成長していなかった。



 ――一方、全員が抱いていた漠然とした違和感を軽い感じで撃ち抜いたティルぴは納得する一同を見て更に続ける。


「それにいくら何でも子供に近付ける立場ならこんな回りくどい事しなくない? 騒ぎに乗じて適当に暗殺くらいできね?」

「……確かに。ここにいるメンバーなら多少強引でも可能なタイミングはあったかもしれない。」

「な、何だか混乱してきましたぁ。」

「えっと……それって私たちの中には裏切り者がいないってことですか?」

「なら一体どうやって情報を?それに本当の目的は??」

「……教えて」


 全員の期待に満ちた視線がティルぴに向く。


「いや、知らんけどwwww よし、これでフラウ動けるっしょ! 次はあんたね。ちっちゃいから余裕だわwww」

「「……。」」


 ティルぴは思った事言ってるだけで推理しようという気持ちがない。そのためすぐそこにある結論へと導く思考を放棄していた。


「よし、これで動けるしょ?」

「はい、ありがとうございます。……あのその子、すっごく可愛いですね!」

「え!!あっわかっちゃう? マジで自慢の娘! めちゃくちゃ頭いいんだよね!!あはは!!」


 ティルぴは初めて他人から娘を褒められる快感に頭がお花畑状態になっていた。


「あの……ちょっと抱かせて貰えませんか?こんなに可愛い子見た事ないので!」

「あっそう? まあしょうがないよね! あーしの子だし!! じゃあ……汚れるからちょっとだけな!ていうか持てんの??」

「あ、は――重ッ!!!」

「どんだけ重いんだよwww ウケる‪w‪w‪w‪w‪w‪」


 二歳児ほどの体格だがナクアの体重は既に小学校低学年くらいはある。理由は甲殻と筋肉量、そして何より糸となる液体がかなり重い。ティルぴがナクアを必死で抱くというより支えるその姿を笑っていると何かが眩しく光った。


「そこから動くな。少しでも動いたら娘を殺すぞ。」

「――ッ!!」

「そんな……あなたが裏切り者だったのか!」


 不敵な笑みを浮かべ、手には魔光石の光を反射して怪しく輝く鋭利なナイフ。

 あの時ティルぴがほんの少しでも推理していればこうはならなかった。裏切り者は森に入る時に逃走や囮になる事が出来ない自力での行動が封じられた人間。例えばナクアの様に抱きかかえられていた人物。そして隊員でないとすれば元より1人しかいない。そう、皆が勝手に容疑者から外していた1人だけ身なりの綺麗な王女の影武者しかいなかった。

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