第13話 人間を毒す

 ところ変わってティルぴが狼と人間を放り投げた場所に戻ると話し声が聞こえてきた。


「おい! ……殿下は無事か!! 皆生きてるか!!」

「なんとか。この状況は一体?」

「痛ぁ……森じゃない?た、助かったのぉ?」

「うっ……あれ、何だこれ!? 身動きが取れねぇ!」

「……殿下は無事です。」


 ティルぴは混乱する一同に気配を消して近付き、目の前で極めてダルそうに声をかけた。


「あーしが助けたの。ていうかあんたら人の家の前で暴れるとかキモすぎ。……あーないわ。普通にポキりそうなんだけど。」

「「――ッ?!」」


 声に反応してティルぴを見た人間達は驚きを隠せない。狼に食べられる絶体絶命の状況から目覚めると洞窟で磔にされているという意味不明な現状に対する混乱も然る事乍ら、何よりも自分達を助けたという半ギレのおかしな服を着た子連れギャルの登場に理解が追いつかない。


 だがここでカエルの死骸の様に磔にされた黒髪の女性が意を決して笑顔で話しかける。しかし内心は穏やかではなかった。


(現状確認は一旦保留。とにかく今は助けたというこのギャルママが敵か味方かを早急に見極めないといけない!相手の警戒心を解いて友好的に笑顔で……よし!)


「助けて頂いてありがとうございます。私はこの部隊のリーダーをしているフラウと申します。えっと、それで……あなたは誰ですか? 」

「あ? あーしはランチュ、いや……ティ、ティルぴっていうの。やばっ!人に名前言うのってなんか恥ずいわwww ていうか死んだカエルみたいな恰好でその口調はウケる‪w‪w‪w‪」


(名前を言うことが恥ずかしい? ……えっ、何言ってんのこの人? もしかして人見知り過ぎて森で暮らしてるとか?? この外見で!? でも、とりあえず機嫌は良いし乗っかるべきね!)


「えっと……すごく可愛くて素敵な名前ですね。」

「はあ??可愛い?素敵?」


 フラウのその言葉の直後、場の空気が一瞬で凍る。なぜならティルぴが顔と顔が触れるくらいの至近距離までフラウにグイッと近付いたからだ。そして目を見据えて昆虫の様な熱のない真顔で話し掛けてきた。これにはクールなフラウもビビり散らす。


(ひえええ、何なに?!何なのこのギャルママ!? めちゃくちゃ怖いんですが!!あっ……おしっこ漏れそう。)


 ティルぴは震えるフラウの肩に手を置くとゆっくりと口を開いた。


「あーフラウだっけ?……あんたさ…………ウェーイ!わかってんじゃん!! センス最高かよ!! すぐそこから下ろしてあげる!あと子供も可哀想だから下ろすわ! 」

「へ?……はは、あ、ありがとうございます!ティルぴさん!!」

「ちょっ、名前呼ぶのやめろし!恥ずいってwww」


 嬉しそうにフラウの肩を物凄い力でバシバシ叩くティルぴ。フラウはめちゃくちゃ好かれた。娘のナクアから貰った大切な名前を初めて他人から呼ばれ、また褒められる快感はフラウの好感度を急上昇させていた。


 フラウもこれで一安心。場に少し和やかな空気が流れる。


「「あはははは」」


 そして笑顔のティルぴはスヤスヤ眠る娘を両手を使って抱いたまま、中段の腰に巻いていた蜘蛛脚をゆっくりと広げた。


「「あははははは!!?」」


 同じく笑顔だったフラウの顔に目で分かるくらいの疑問符が現れ、徐々に無表情になり、一瞬真っ青に変わると最終的に弾ける笑顔になった。


(これ学生の時、歴史館で見たアラクネじゃん。私死んだ。やばすぎてもう逆にウケるわ。あはは!!クソがああ!!)


 ティルぴはフラウの心境など考えもせず、背中にくっついた糸を鼻歌交じりに切っていく。

 アラクネの糸は出した本人の魔力に反応すると半魔糸化して体内にある時と同じ緩めの水飴状に変化する。これによって糸の再利用が可能で伸ばして使ったり、纏めて飴の様に食べたりする。

 味は地球でいうシルクパウダーをクリーミーにした様な味わいで、上品な甘さと雪のような口溶けが特徴的なため未使用の綺麗な糸ならリサイクルで食べる事が多い。ちなみに他人の糸を食べる行為は血縁でも嫌がられる。感覚的に汗や血を飲まれる事と変わらないため特殊性癖扱いされる。


 くっついている糸が意外と多かったのかティルぴは思い出した様に満面の笑顔で僅かに目を潤ませたフラウに話し掛けた。


「フラウっちは何でここに来た訳? ハードモードの女子会キャンプ的なやつ?」

「あははは、違いますよ!えっと……まあどうせ死ぬしいいや!実はですね!私達は王女――」

「えっ、リーダー機密情報を話すんですか!?」

「うるせえ!!んなもん死んだら関係ねえだろーが!! この際だから私は全部ぶちまけて盛大に死んでやる!! うへへへ、汚ぇ死に花咲かせてやるよ!!」

「いやあああ!! あのクールなリーダーがおかしくなった!!」

「コイツら毒www フラウ狂っててウケる‪w‪w‪w‪w‪w‪ 」


 ――その後フラウは全てぶち撒けた。王女の護衛任務は特殊部隊で行っているが、ここにいるメンバーだけではなく四分隊を作って影武者を配備し、護衛メンバーもルートを当日まで知らされない状態で毎朝、事前に渡されていた5日分の魔法処理された暗号を読んで行動していた。四分隊は司令本部を通して情報共有しており、異変があれば即座に対応出来る体制だったが、結果はご覧の有様である。フラウはついでとばかりに上司の悪口を散々ボヤいて場の空気を凍りつかせた。


「――そして影武者と王女の見分けは魔法薬によって外見では全くつかないんです。つまり、私以外は王女かもわからない奴の為に命を張っていたって事。……ほんとに笑える。」

「あ?どゆこと?」

「えっそれって……リーダーはこの子が王女なのか影武者なのか知ってるんですか?」


 仲間の問いにフラウはゆっくり頷くと話を続ける。


「この子は影武者。本物は……多分だけど四分隊とは別で行動してる。これは私達、特殊女性部隊の運用実験も兼ねているんでしょう。全部初めから茶番ってこと。」

「そんな!! じゃあ森になんか逃げずにその子を――」

「フッこの子を渡して助かる? そんなことをすれば護衛としての信用を失い結局はお払い箱。裏切り者に救援要請が妨害され孤立した時点で詰んでいた訳。ねえ裏切り者……この中にいるんでしょ? この子が影武者の時点でお前の作戦は初めから失敗してる。……どうせ死ぬんだから、最後に答え合わせさせてくれない?」


 空気が途端にピリつき、隊員達が静かに周りを伺う。そして耐えきれずに1人の隊員が声を上げた。


「……やっぱりエレナが怪しいんじゃねぇか?内務メインなのに不自然な起用で、私達ともあんまり喋らないしさ。」

「……私は違います。」

「ていうか、急にそんな事言うあんたが怪しいじゃないのジャニス?」

「ロゼッタ、まだあの男のこと根に持ってんのか? 別に付き合ってもいねぇって言ってんだろ?いつまでもネチネチ、ネチネチ。そういう所がモテない原因なんだよ。」

「はあ?? なんですって!!」

「ちょっとぉ、2人ともやめなよぉ、!」

「「マニエラは黙ってろ!!!」」

「あなた達いい加減にしなさい!!」


 再び沈黙した隊員達の険悪なムードが暗く狭い洞窟によって更に悪化する。何よりこうなった諸悪の根源がここにいるという確信が憎悪をジワジワと熱していく。ただ1人を除いて。


「ねぇフラウっち、それおかしくない?」

「はえ?ティルぴさんど、どこか変でした??」

「だってさー、目的が王女だとしたら暗殺か揺すりに使うって事っしょ? だったらさー危険な森に入ろうした時点で暗殺なら成功してるし、揺すりなら失敗だから怪我したとか囮になるとか誤魔化して撤退しない?? 多分それ話の前提から違うんじゃね?」


「「……。」」


(……なんかギャルがまともな事言い出したんだけど!!)

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