第12話 魔力を毒す

 ナクアが夢の中で説教を受けているとは露知らず、スヤスヤと眠るその姿を何処かホッとした様子で眺めているのは黒狼の返り血を洗い流したティルぴだった。


「思い返しただけでゾッとするわ。マジでナクアに走り方教わってなかったらヤバかったっしょ。……まあ原因もコイツなんだけど。」


 狼を見せてお漏らしさせてやろうと意気揚々と帰ってきたティルぴだったが、地底湖の方から何かが水に落ちる音が聞こえて一気に血の気が引いた。狼と人間、子供を洞窟内の自分が張った蜘蛛の巣に放り投げて貼り付けると一足飛びで地底湖に移動し、湖に引き込まれるナクアをその目に捉えた。


 そして、そこから先はティルぴ本人も覚えていない。しかし対応は適切だった。

 単純に糸を使ってナクアを引っ張る行為は双方向から力が加わる為危険。またナクアが編み出したオリジナル走法は接近時の風圧でナクアにダメージがある可能性があった。

 それを無意識に理解したのかティルぴは魔力で脚力強化し、1度ナクアの真上に向かって音速で跳躍。そのまま魔力で硬質化させ刃と化した糸で地底湖ごとナクアから伸びる糸を両断した。

 その後は知っての通り下に降りてナクアを救出。ここまで僅か2秒の出来事だった。


 ティルぴが振り返れば天然の美しい地底湖には先程の一件で深深と綺麗な一直線が引かれ、魔光石の残骸や巻き込まれ2等分された魚達がぷかぷかと浮いている。


「あんまり覚えてないけど、あーしヤバくね? ていうかママになって覚醒とかwww ママ力高ぇwww……あっそういえばあいつら忘れてた。だる。」


 独り言で冗談が言えるくらいに回復したティルぴは放り投げてきた狼と人間の事を思い出し、また変な事をされては敵わないとナクアを抱っこして回収に向かった。


 ――その頃ナクアは夢の中で蜘蛛の神 ジョリーンと至って真剣にパンツ作りの修行を始めようとしていた。


『じゃあ修行を始めるけど……その前に、この姿だと教えにくいから人型になるわ。あんまり歳が離れてもアレだし少女の姿かな。……はあ、気が進まないわね。』

「え!? そんな事出来るの? みたい!!」

「まあね。本当は嫌だけど、今回だけ特別よ。じゃあ……――いっくよぉ!メタモルゥゥフォォォゼッ!!』

「うわぁ…そして眩しッ!!」


 蜘蛛のジョリーンが叫びながら前脚を上げてポーズをとると眩い光を放ちながら糸を出して繭に変化していく。繭に包まれるとシルエットしかわからないが何故か回転しながらみるみる少女の姿に変わっていった。

 そして最後に繭がフワッと舞い上がりながら解け、遂にその全貌を現した。


『蜘蛛少女ジョリーン!! 悪は根こそぎ糸玉よ!!』

「うわぁ…でも可愛いからリアクションに困る。」


 蜘蛛脚を翼のように伸ばし、腕を交差させてポーズをとるジョリーンの姿は簡潔に言えば黒い魔法少女。何処となく前世のナクアに似た10歳くらいの容姿に蜘蛛の巣をあしらった黒いフリルドレス。頭は金髪で黒い蜘蛛リボンでハーフツイン。そして手には脈略なくハートのステッキを持っていた。


『……はい、じゃあ修行を始めるわ。』

「いや、無理無理!! ステッキ気になって修行出来ないって!!」

『何?あなた今時コスプレに偏見持ってる人??』

「むしろコスプレは好きなんだけど、ノリについていけないの! あと神なのにキャラがブレすぎじゃない?」

『知らないわよ。ていうか神だからこそでしょ! "日朝は蜘蛛を殺さない"って人間に伝えたのは私よ!今は変わっちゃったみたいだけどね。』

「あれ元々日曜限定だったの!?」


 そのあとも不毛なやり取りをしていたナクアだったがコーヒーの一件から色々と諦めているのでそのまま修行を開始した。


『とにもかくにも魔力ね。これが使えないと話にならないんだけど……まあ、うん。遅行してるとはいえ時間無いし、私が魔力を送るから感覚を掴みなさい!ちょっと危険だけど行くわよ!シャイニングゥゥスパイダァァハリケェェェン!!』

「えっちょっマ、何それ!? ――ってきゃああああ!!!……あれ、何ともないんだけど。」


 見せかけかと思っていたステッキからの謎の光線に悲鳴をあげるナクアだったが特に異変は無い。しかし、そう思ったのもつかの間、全身に大量の煮え滾る血が巡る様な感覚が襲う。心臓が爆発したと錯覚する程の大きな鼓動が体内を響き、五感が暴走して大量の情報が頭を埋め尽くす。立っていられず倒れるといつの間にか糸で椅子を作って座っていたジョリーンが口を開く。


『うん、いい感じね。』


(どこらへんが!!? くそ、声が出せない。 )


『今あなたの体を暴れているのが魔力。そして過剰な魔力は身を滅ぼすという証拠ね。はい、お疲れ!』


 ジョリーンがそう言ってパチンと指を鳴らすと一瞬で身体の異変が収まった。だが不思議な余韻をナクアは感じていた。身体の内側、胸の辺りにいる得体の知れない何かが熱を持って位置を知らせている感覚。しかも意識すれば動かせる雰囲気がある。


『それが魔力よ。試しに目尻のコレ。あなたにも付いてる複眼に送ってみなさい。最初は触ってやった方がやり易いわよ。』


 イラッとはしたが目を閉じて目尻にある3つの複眼に触れて胸の魔力を意識的に移動させると閉じていたはずの視界がパッと拓けた。しかも真横、真上、真下という正面と後方以外の視点。目を開けて正面の視界まで入ると情報量が倍増して混乱してしまう。


『これから複眼は常に発動させた状態ね。戦闘中に混乱なんかしていたら使い物にならないわ。』

「え!? 私は別に――」

『やるのよ!……ふーん、そう、いいわ。……シャイニングゥゥゥスパ――』

「はい!!やらせて頂きます!!」


 ご最もなご意見だが、そもそも戦闘する意思のないナクアは謎の光線に脅されて泣く泣く承諾した。


『じゃあ、いよいよ糸に魔力を通し変質させる技。魔糸マギトを教えるわ。これは重力、硬度、形状、質感……変幻自在に糸を操る能力にしてアラクネの切り札ね。そしてこれが……――お望みの力よ。』

「――おおッ!!!」


 ジョリーンが6つの蜘蛛脚から同時に糸を出すと、空中で糸が紡がれていく。目で追えない速さで形になったそれはふわりと風にそよぐ気品と貞淑を示す知性の旗。正しくナクアが求めていた穢れなき純白のパンツそのものだった。

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