第11話 黒狼を毒す

 魔力を使い切ったのか最後の一人もその場に倒れると狼はジリジリと距離を詰める。口からは涎を垂らし、ゾロゾロと森から十頭の狼が顔を出す。


 待望の美味そうな人間の肉に食らいつこうとした瞬間、突如音もなく空から真の悪魔 ギャルママ ティルぴが降臨した。


「おい、あーしの家の前で何してくれてんの? マジで有り得ないんですけど? あ??」


 四つん這いに6つの蜘蛛脚を足した野獣の様な姿で現れたティルぴはその言葉を残して姿を消した。


「やっぱナクアの走り方やばいわ。さすがに子供相手に本気出せなかったけど、マジで正解だった……下手したら殺してたじゃん。」


 狼達が声の方を確認すると肉片になった仲間と真っ赤に染まったギャルが立っていた。だがギャルでは有り得ない蜘蛛足が背中から6本生えている。その光景に狼達が身構える間もなく小さな6発の破裂音が鳴り、頭に風穴の空いた死体が6つ完成した。


「ていうか黒狼って美味しかったっけ? ナクアにお土産にしよっかな。」


 事態を把握して残り3頭が一斉に逃げようとするが一瞬で追いつかれ頭部を地面に押し付けて、田植えでもするみたいにスルッとめり込ませていく。あっという間に残り一頭になった狼だったが田植えのスキをついて斜め後方から飛び掛る。しかし顔を動かしもせず蜘蛛脚から放った一発によって木に張りつけにされた。


「でも実際こんなに狼要らなくね? どうすっかな。あっ魚にやれば良いじゃん! あーし天才かよwww」


 そして何の脈略もなく、まだ息のある樹に張り付いた狼の腹に噛み付く。暴れ回る狼だが糸によって全身を拘束され声も出せない。暫くするとパタリと動かなくなり、みるみる萎んで毛皮だけになった。


「……べつに美味いんだけど、ちょいクセあるかも。子供には早いか。まあ面白そうだから一応持っていこ。怖くてお漏らしすんじゃねwww」


 糸を伸ばして狼に貼り付けるとクイッと少しだけ脚を動かして足元まで引っ張り一瞬で狼を回収した。そして6つの脚で網状の糸を作り狼を中に入れて軽々と脚で担いでスタスタ洞窟に向かう。そしてここで漸く崖の近くで倒れている一団を発見した。


「まあ最初から知ってたけど……どうすんのこれ? 人間は危険だって教わったけど、会ったことないし知らねーよみたいな。あー、ムズすぎてまじガンジなんだけど!」


 ティルぴは迷いながらしげしげと一団を確認すると全員まだ息をしており、またその中に小さな子供を発見する。そして1人お留守番をさせている娘の姿とその子供が重なり、とりあえず助ける事を決めた。ついでに子供以外は全員纏めて糸で束にして脚で担ぎ、子供は両手に抱えて崖を重力を無視する様にスタスタ歩いて登っていった。



 ――ティルぴの帰りを待つナクアは糸を使って思い付いた遊びをして気を紛らわしていた。


「……おりゃ!! あっおしい!!」


 ナクアはニューヨークスタイルで怒られた縦糸の先に粘着性のある横糸の玉を付けた糸で地底湖の浅瀬にいる頻繁に飛び跳ねる魚目掛けて射撃練習をしていた。そしてシンプルにハマっていた。ランダム性があって予想が出来ない為、瞬時の判断と正確なコントロールが必要とされるこの遊びをクレー魚撃フィッシングと名付け、まるでライフル銃の様に蜘蛛脚を手で持ち湖畔に寝そべって一人絶叫していた。


(どうやっても最高飛距離が5mくらい。ティルぴみたいに高速で撃つにはどうするんだろ? 糸ってそんなに重さがないからあんな風に飛ぶのは不可能だよね。……やっぱりまだ秘密があるはず!ってあれは――!!)


 その時、一際大きな魚が射程ギリギリの5m先で跳ねた。ナクアは瞬時に狙いを定め、これまでの経験から空気抵抗を考慮して僅かに右上にズラして発射する。糸は少しブレながらも狙い通り魚に一直線に飛び見事腹部に張り付いた。


「やった!!――ッいて」


 遂に果たしたクレー魚撃フィッシングに興奮のあまり勢いよく立ち上がると糸に引っ張られバランスを崩した。思わず一人照れ笑いをした次の瞬間、魚が勢いよく水底を目指して泳ぎ始め、物凄い力で湖に引き込まれる。体勢を崩していた事も災いして踏ん張りが効かず体が地底湖に投げ出された。


「――ぷはっ!ちょっ!!だっ――」


 浅瀬だった為引かれながらも必死に顔を出すが度々冷たい水が口に流れ込んでくる。もちろん糸を断ち切ろうとしているが溺れる恐怖で脚に力が入らず上手くいかない。ついには目の前に地底湖の浅瀬が終わる地点が見えた。


「バカ!! だから、変なことすんなって言ったっしょ!!」


 その声と同時に水底に引き込まれなくなり、柔らかい感触に包まれた。目を開けると血まみれの母親が息を切らしながら娘が怪我をしていないか確認している。ナクアは急転直下の絶望からの安堵感で血まみれな点に突っ込む余裕もなかった。


「ゴホッゴホッ……ご、ごめんなしゃい。……うわあああああん、ティルぴぃぃぃぃおかあさああああん」

「はあああ、マジで黒狼よりよっぽど怖かったわ……子育てムズすぎ。」



 ――溺れて号泣し疲れたナクアはそのまま爆睡し、何故か時間が遅行した夢の中で神様から長々と説教を受けていた。暗い空間に漂う大きな女郎蜘蛛は怒りのあまり前脚を上げている。


『本当に有り得ない! あなたは馬鹿なの?』

「あの……ごめんなさい。」

『一歩間違えたらあなた魚釣りで死んでたわよ!魚釣りで死ぬのっておかしいよね??』

「はい、おかしいです。」

『別にあなたの人生だから自由だけどさ、お母さん悲しませたら駄目でしょ? ティルぴだっけ? すごく良い子じゃない。違う?』

「違わないです。本当にごめんなさい。」

『私に謝られてもね。あなたはもう少し――』


 かれこれ1時間近く同じ話をされているナクアだが、今回の軽率な行動についてきちんと反省していた。ジョリーンの怒りも漸くひと段落ついた所で話は在らぬ方向に向かう。


『――はあ、さっきの行動で少し不安になったからあんまり気乗りはしないけど私が糸の使い方を教えてあげるわ。それに……私も現代日本を知ってる身としてあのモザイクパンツはない!! あと上も何か着させなさい!! あれじゃ眷属っていうか裸族じゃん!! そしてあなたはアラクネ達に服を着る文化を教えなさい!! これ命令だから!!気が散ってしょうがないわ!!』

「はい!お願いします!私も見るに耐えません!!」

『うむ、よく言った!!』


 こうして神様による補習授業が開始した。

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