第10話 糸使いを毒す
追いかけっこの後は少し休憩して漸くお待ちかねの糸の出し方を教わる事になった。
「糸は蜘蛛脚から出せるんだけど、基本は2種類な。まずはこれ、
「いとだ!」
ティルぴがそう言って腰に巻いている中段の蜘蛛脚2つを前に出すと片方から8ミリ程の太さの半透明な糸を地面に向かって垂らした。糸は地面に張り付くこと無くゆらゆらと揺れている。
「
「すごーい!」
するとさっきの反対の脚から見た目は同じ半透明の糸を垂らし、今度は地面に触れるとその部分が張り付いてティルぴが脚を少し動かすと糸がピンと張り詰めた。
「
ティルぴが脚を壁に向けて力を入れると拳程の大きさの流線型をした糸玉が高速で射出され、壁に当たった瞬間に破裂し放射状の蜘蛛の巣に変化した。
「うあああ!!おかあさん、かっこいい!!わたしもそれやりたい!!」
「え、そう? 照れんだけど。まあ、あーしコレだけは得意だからね! まじムズいから、ナクアはまだ無理だけど練習すれば出来るって!」
「わかった!…えっと、うううう」
「また唇尖ってるwww その癖可愛すぎじゃね?」
ナクアがスっと脚を壁に伸ばし目を閉じて唇を尖らせる。そして目いっぱい気張っていると脚先から直径3センチはある太い糸がニュルニュルと出てきて地面でとぐろを巻いた。
「あっなんか出た!……え、う〇ちじゃん」
ナクアの足元にあるのは正しく半透明の小さなまき〇ソ。ネチョとした粘性から最後のクリっとした捻りまで完璧な造形だった。
「初出しう〇ちwww ここでお漏らしネタ被せるとか天才かよwwwwww ――あーおもろ、出糸口が全開になってるからもっと出す所閉めないとだわ。それで細い糸をイメージして一定の力で押し出す感じって言うの?」
「さきにいってよ!すごいう〇ちだし、もういや!!」
「ごめんって、まあ最初は皆そんな感じだって! でも太さはあれだけどめちゃくちゃ均一じゃん!これはセンスあるって!マジで!もう少し頑張ろ?」
「そう? ……もうちょっとがんばる。」
(えっと、出す所を絞って……ってこれめちゃくちゃ難しいんだけど! 0か100かしか出来ない!一旦0まで絞ってちょっとだけ開く感じにしよ。……――あとは細い糸をイメージして一定の力で押し出すっと。)
ナクアが再び蜘蛛脚に力を込める。今度は気張ったりせずに優しく脚の中を流れる体液を感じながらやると脚先からティルぴと同じ8ミリ程の糸が出てきた。ちなみに唇はとんがっている。
「おかあさん、みてみて!!ヤバくない?」
「おっナクア、もう出来てんじゃん!!スパダかよ!うぇーい!!」
「うぇーい、まっよゆうっしょ!」
「調子乗ってて毒www(目に毒の略。嘲笑う時に使う、ほぼ草の同じ。) あとはひたすらスムーズに糸出す練習。それにネフィラ種ならもっと細い糸出せるんじゃね?知らんけど。……って聞いてないわ。これ。」
「…………。」
(なるほど! わざと貯めて糸玉を作ったり勢いとかも変えられる!それに途中から縦糸と横糸を切り替えたりも出来るんだ!!ヤバすぎ!!――って事は……こうか!!)
何か思い付いたナクアが脚先で糸玉を作りそのまま真上に射出しペチャりと張り付いた。そしてよく見ると糸玉からは糸が伸びていてナクアとまだ繋がっている。
「できた! そしてこう!!」
「え? なにすんの?」
ティルぴが不思議そうに見つめる中、ナクアは何を思ったか糸をよじ登り体を浮かせるとクルリと逆さ吊りになる。
「これがにゅーよーくすたいる!! あはは」
「はあ?糸でふざけないの!! 危ないからやめなさいッ!!」
「あっはい、ごめんなしゃい」
ガニ股で糸を足の裏で挟む独特のポーズは完全にニューヨークの蜘蛛男だったが、ティルぴは知らなかったのでめちゃくちゃ怒られた。
――そのあと、反省して真面目に練習するナクアをしばらく自作のハンモックに寝転んで眺めていたティルぴだったが突然起き上がり、真面目な顔で洞窟の出口方向を見つめた。少ない挙動で瞬時に糸を伸ばして天井を伝う太い糸に触れると鋭い眼差しに変わる。
「ナクア、ちょっとあーし離れるけど1人でお留守番出来る?……話聞いてんの??」
「……え? なに??」
「ちょっとの間、ここ離れるから変な事しないで練習してて!わかった?あーしと約束ね!」
「うん、わかったけど……なにしにいくの?」
「えっと……まあゴミ掃除ってとこ? すぐ戻るから心配すんなって!んじゃ、そゆことで!」
スタスタと足早に出口に向かうティルぴの後ろ姿を見て言い知れぬ不安を感じるナクア。
「……だいじょうぶだよね?」
そんな弱々しい呟きは美しい地底湖に小さく木霊した。この世界に生まれて初めての1人ぼっち。すると急に別の不安が押し寄せる。ニコニコ笑顔で明るいティルぴがどれ程大きな存在だったかをナクアはここにきて思い知った。
「てぃるぴ……」
どうしようもなくポロポロと目から涙が流れる。幼児の身体は素直に今の感情の発露を涙で表していた。今すぐ追いかけたい気持ちが溢れるがナクアには17歳の理性がある。
ナクアは何回も涙を拭いながら気を紛らわす様に糸の練習を続けていた。
――狼から逃げる一団は遂に絶体絶命の状況に追い詰められていた。前は立ちはだかる断崖絶壁、後ろは喉を鳴らす狼の群れ。疲労も限界の一団の目には最早戦う意思すらなかった。肩で息をしながら震える足を引き摺って崖に手をかけるが指に力が入らない。
「狡猾なんてもんじゃない。こいつら性根が腐った悪魔ね。」
「グルル……ワオオオオオオオオオン!!!!」
「「ワオオオオオオオオオン!!!!」」
「くそ、またか。頭に響くッ」
ここまで追い詰めても狼達は決して無闇に攻撃はしない。戦闘の中で相手の魔法射程を把握し、避けられるギリギリの距離から動こうとしない。極めて冷静に一団を交代しながら見張って力尽きる瞬間を木々に隠れながら伺っている。そして先程の様に遠距離から魔力を帯びた大音量の遠吠えで威嚇し、精神と肉体を蝕む悪辣な攻撃を繰り返す。
次第に1人、また1人と意識を失っていく一団。そして最後の一人になるが、その人物は狼からでも明らかに異質な行動をしていた。
「……こんな森で……クソが!! 全部お前らのせいだ!!」
気を失った女達を足蹴にして悪態をつく姿は狂気に溢れている。狼達が1人になった事でジリジリと近付くと今度は全方位に火魔法を連射し始めた。
「うあああああ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろッ!!!!」
そして錯乱して放ったその攻撃はたまたま崖の中腹にある蜘蛛の巣に直撃する。燃える蜘蛛の巣は焼け落ちることなくユラユラと不規則に揺れ、数分後には真の悪魔をこの場に召喚した。
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