第2話 神様を毒す①

 屋上から降りたナクアは残りの授業を適当に受けて、約束通り放課後に山本と街で買い物をしていた。


「ねぇこれなんか可愛くない?」

「微妙じゃない? あっ、でも似た服の子よくいるからアンパイかもね。」

「……。」


「わたし、このブランド好きなんだよね」

「そうなの。……さっきと何が違うん?あっ値段?確かに同じなら安い方がね。」

「……。」


 人で溢れる繁華街で服やコスメを見て、ナクアのせいで割と微妙な雰囲気だが、そろそろカフェにでも寄って解散しようかという時にナクアが突然立ち止まった。


「どうかしたの?」

「ちょっと歩くけどここ寄ってもいい??」


 そしてスマホを操作してスっと差し出す。画面はマップになっていて目的地に向かう徒歩10分の最短ルートが表示されている。


「なになに?オススメのカフェでもあるの?……あっわ、わたし用事思い出したから帰るね!今日ありがと!また明日学校でね!」

「あっうん、じゃあね!」


 足早に駅に向かう友人を見送り、特に気にする様子もなくマップのルートを歩くナクア。「来るもの試し、去るもの追わず」が彼女の心情。1人が好きな面もあるがその場のノリで生きているナクアにとって今は興味深い目的地のお店が何より大切だった。


「怪しすぎる。いつ出来たんだろ?」


 スマホに映る情報は『蜘蛛カフェ アトラク』という店名のみ。

 普通は店名と一緒に外観や店内の画像が表示されるはずだが一切の情報がない。ストリートビューも路地のためか役に立たない。


 この近辺はナンパも多いし、夜になると治安も悪い。

 だが巨大なゴ〇ラが目に入る映画館はナクアのお気に入りで乗り換え駅でもある為、放課後によく立ち寄るエリアだった。

 そんなナクアも知らない情報ゼロの蜘蛛に関する謎の店。実はこの近くにある爬虫類と蜘蛛がいるカフェにはたまにお邪魔していた為、周辺を蜘蛛でエリア検索した事がつい最近もあった。

 そんな競合の近くに突然現れた店。考える程に謎は深まっていく。


 ルートに従って路地に入るとまだ日は出ているのに薄暗く、肌寒ささえ感じパーカーのジッパーを上げてフードを被るナクア。人気の全くない路地に不安を感じて後ろを振り返ると人通りが確認できた。

 小さく深呼吸して奥に進むと徐々に道幅が狭くなっていく。それに比例してナクアのメンタルも流石に萎んでいき、遂に限界を感じて引き返そうとした時、スマホから通知音と音声が流れた。


『目的地周辺です。ナビゲートを終了します。』


 辺りを見渡しても店らしきものは見つからない。この時点でナクアは自分の状況を客観的にみて何かの怪奇現象に巻き込まれていると判断した。そして、その判断は正しかった。


「嘘でしょ……はは」


 戻ろうと後ろを向いた瞬間、何もかももう手遅れだと悟り、気持ちが追いつかず引き攣る口から乾いた笑い声が漏れた。


 蜘蛛カフェ アトラク


 突如、目の前に現れた建物は正しくナクアが探していた店。歴史を感じさせる燻った色のレンガと大量の蜘蛛の巣で覆われた建物は明らかに現代日本の首都たるこの地には有り得ない佇まいだった。


 普通の少女ならここで間違いなく逃げ出すだろう。興味があろうが間違ってもこんな地雷臭漂う店に入ろうなんて思いはしない。幼稚園児ならいざ知らず高校生にもなれば自分の考えや判断を疑う心は当然持ち合わせているからだ。


「失礼しまーす」


 しかしナクアにはその発想はない。不気味に思うがこうなってしまえば興味が勝ち、次いで自分の行動を正しいと信じて疑わない悪癖が顔を出す。正しく地雷系女子とはこうあるべきという生き様を示してくれるナクアを止める術はもうない。


「誰かいませんかー」


 店内には明かりがついていたが、人は誰も居なかった。ナクアは辺りを観察しながらどこか楽しそうに奥に進む。店内はスッキリと片付いており、テーブルや椅子、クロスも外観から想像出来ない程きちんと管理されていた。そしてカウンターにはコーヒーサイフォンが2台あって片方には何故か火がついている。


 ナクアは火という確かな人の痕跡に興味を引かれ、特に何も考えずカウンターの中に入ろうとすると突然視界が真っ暗になった。


「うわ! なに!?……あっ!!可愛い!!」


 張り付く感触に思わず顔に手を伸ばして引き剥がすとそれはタラバガニサイズの黒と黄色の縞模様をした女郎蜘蛛だった。

 八本の足をワキワキと忙しなく動かす夢に出てきそうなビジュアルを可愛いで終わらせたナクアはそのまま蜘蛛をカウンターに置く。

 女郎蜘蛛は強い毒は持っていないが噛まれるとめちゃくちゃ痛い事をナクアは身をもって知っていた。流石にこのサイズに噛まれると好きとはいえ洒落では済まないと距離をとって体勢を変えながら観察する。


「こんなに大きなメスの女郎蜘蛛見た事ないや。ていうか絶対地球上に存在しないよね。それに……アレ?この顔みたいな柄って、君ジョリーン??」


 蜘蛛の模様は人間の様に個体差があって1つとして同じモノは存在しない。特にお腹側は顕著で一部赤い部分の周りは顔の様な柄など一つ一つ個性がある。正直、常人には見分けはつかないし覚えてられないがナクアは無駄にハイスペックのため識別が可能だった。


 しかし、そんな彼女も予想だにしない現象が起こる。カウンターの女郎蜘蛛が少しだけ近付いてカチカチと口を動かしたと思うとその動きに合わせて頭の中に涼やかな女性の声が響いた。


『……確かに私はあの時のジョリーンですが、本当の名前は蜘蛛の神 アトラク。全ての蜘蛛を統べる女王にして人の因果を司る裁定の神。今日は貴方にお話があったのナクア。……実は貴方の寿命は今日でお終いなの。』


 突如まるで吹き替え映画の様に喋り出した女郎蜘蛛と発せられたその衝撃の内容にナクアは喋る事も出来ずただ口を開ける事しか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る