下水道のほとり

何時も見慣れたこの道なのに

角を曲がれば商店街を出て

駅前のでっかいビルへ向かうあの道なのに

道行く人も何時もと同じ

底堅い生活の匂いを漂わせる

何時ものような人々なのに

僕は言うまでもなく僕で

何時ものようにあの店を探しているのだけれど

何故か商店街のなかには見知らぬ店ばかり軒を連ねて

角を曲がると来たことのない場所に出て

何時ものビルとは形の違う

奇妙な看板を掲げたビルが建っていて

その向こうにつづく街並みも

知っている街なのに知らない街のようで

僕は初めてこの国を訪れた韓国人のように

在りうべき別の世界を訪れた元の世界のひとのように

懐かしいのか心細いのか目新しいのか寂しいのか

分からない気持ちのまま街のなかを歩き回り

あの店を探していたことも半分忘れて

新しく繰り広げられる街並みにただただ目を奪われ

どうしてなのだろうこの街に

初めて来た筈のこの街に

僕はどうしてこんなにも見覚えがあるのだろう

などと思っていると

ふと

「ああ、そういえば、ここはよく夢のなかで訪れるあの街だった」

ということに漸く気づく


とすれば僕がいま

探しているあの店は

たしか地下街のなかの

あの階段を降りたところにある

下水道のほとりのあのカレー屋なのだ


僕は夢のなかで何度も

あのカレー屋のカレーを食べて

起きているときに食べた

どんなカレーよりも旨いカレーを食べて

いや

そうではなく

僕は食べたことのないカレーを

食べたと思っているだけで

その食べたことのないカレーを出す

あの下水道のほとりのカレー屋をいつも

何時来ても見知らぬこの街のなかに

探しあぐねて途方に暮れて

どうしてだろう今日も

地下街のなかをさ迷って

下水道のほとりに降りるあの階段を探しているのに

降りても降りても新しい街が拡がって

僕はまた初めから歩き直して

それらしい階段を見つけては

また新しい失望を味わって

僕のなかのカレーに対する胃の餓えはどんどん

どんどん大きくなって


何時も見つからないあの階段は

やっぱり僕の降りたことのない階段なのかも知れない

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鏡を見て驚く魂 喜島茂夫 @citomof

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