マスクに蔽われた尊厳
マスクの下で笑うな!
と凄むあなたの顔に張り付いたマスクには
ニコニコマークがひとつプリントされている
太陽は既に中天を過ぎ
きな臭い午後の気配が忍び寄る
僕は今朝路上に打ち捨てられたじめじめと湿ったマスクを見た
いいではないか笑ったって
哄笑はあらゆる苦悩を治癒するのだから
ウイルスの乗り物が中空でブラウン運動を繰り返す昼日中
彼女は悩まし気に身をくねらせながらマスクを脱ぎ始めた
「あの娘の飛沫なら浴びたって構うもんか!」
と誰かが身をよじるようにして叫ぶ
「僕は何度も何度もウイルスと踊ったんだ
サンバのリズムに合わせ夜を徹して
気の抜けたゲップのような朝日を浴びて
毬栗頭の少女の貧弱な胸と尻を蔽う体操着みたいに
僕はとめどのない感傷に胸をしめつけられたんだ」
欲しいのはこの女ではなくあの女
水に濡れた写真から妖艶な女の印影が剥がれ落ちみるみる実体化する
ドウシテオトコノヒトッテワカッテクレナイノカシラ?
今日も北風吹きすさぶ
口を閉ざせと吹きすさぶ
今朝も木枯らし吹きすさぶ
舌をちぎれと吹きすさぶ
耳をもぎれと吹きすさぶ
「マスクの向こうに身を隠す裂け目よ
マスクの陰で湿る唇よ
マスクに蔽われた陰唇よ
アラビア語の呪文を唱えながら禿山を駆けずりまわる夜に
ふたり組の子供が想像の父親に承認を求めるのはなぜか?
青ざめたのっぺらぼうが浮かべる気弱げな表情に
冬枯れの野原の夕暮れの哀しみを覚えるのはなぜか?
電気藻が眼球を中心として蜘蛛の巣状に拡がり
その網にからめとられた弱者を暫時的に超人と化すのはなぜか?」
これはオオオババからの伝言だ
これは夢で示されたお告げだそうだ
オオオババが言うとった
ああ ふたり組の子供よ
のっぺらぼうよ 弱者よ
君の口髭は何ゆえにそんなにもマスクの下で濡れているのか?
固有の淫靡なちぢれ毛を示しながら
個人の尊厳を声高に叫んで
マスクの下で笑う陰部よ
願わくば人前に出て笑うことをせよ!
マスクの下で笑う陰唇よ
願わくばマスクのこちら側へ語りだすことをせよ!
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