親戚の家に遊びに行くたびに おれは近所の古本屋に通った 古本屋には 頁と頁の間に苔の生えた本や 羊歯の生えた本が並んでいた 目当ての本が見つからないと おれは蟻の巣や蜂の巣が出来た本を買って帰った 親戚の家に持ち帰って昆虫観察をすることが目的だった 親戚の家では夏にはカルピス冬には甘酒が出た おれは白い液体をチビチビと舐めながら蟻や蜂の巣喰った本に読みふけった 親戚のおばさんはそれを見て シゲオチャンハヨクベンキョウヲスルネエ ショウライハハカセニナリナサルワ と言った しかしそれはおれにとって勉強とは言い難い行為だった たとえるならば一種の自涜 自慰行為に近い行為だったというべきだろう つまりは一抹の背徳感をともなった快楽だったのだ 本のなかから苔や羊歯や蟻や蜂が飛び出してくる様はまさに異様としか言いようがなかった おれはどのようにしてそのようなことが可能となるのか驚嘆して目を見張った それはあたかも多幸症の万華鏡を覗きこむかのような 節穴から隠された秘密の部屋を覗きこむかのような 背筋のぞくぞくする体験だった

 

親戚の家の近くには河があった その河には体長十メートルを超す鰐が棲みついていた 鰐は河岸を通る子供らを襲って食べた 親戚のおばさんはおれに シゲオチャンカワノソバヲトオリナサンナ ワニニタベラレテシマッタラモウシカタガナイカラネ 

 と言った おれは何が仕方がないのかわからなかったが まあそういうものなのだろうと思って言いつけを守った 親戚の家の大きな桜の木に登っていた時のことだ おれは鰐が小さな女の子を食べているところを目撃した 女の子が何か買い物かごのようなものを下げて河岸を歩いている 河はいつものように何事もなく静かに流れている 突然河の水面に水しぶきがあがって大きく開いた鰐の口があらわれる 女の子があっけなく鰐の口のなかに吸い込まれるようにして取り込まれる 鰐が一口で女の子を丸呑みにする 女の子を呑み込む際に鰐の喉のあたりの鱗がぬらりと光るのが見える 鰐の無機質な目がこちらをじっと見ている シカタガナイ シカタガナイ ワニニタベラレテシモウタラシカタガナイ 親戚のおばさんはしきりに手をこすり合わせながら囁くように叫んでいた

 

子供の頃 この親戚の家には年に二三度遊びに行った 遊びに行かなくなってからずいぶん経つ あの家がどこにあったのか 今ではもうはっきりとは憶えていない  

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