競技

過酷なレースは太陽のギラつく雪原がスタート地点だった 何年にもわたる競技に備えて 参加者は全員サバイバル道具一式を背負い込んでいた 金を持たずに地球を一周するこの競技に参加する者は みな自らの人生をかけていた 実際この競技に費やす時間は人生の一時期に相当した シンデシモウタラモウオシマイデスガ どのようなルートを辿るかは参加者の裁量に委ねられていた ルールはたったふたつ 太陽の昇る方向に進んで元の地点まで戻ってくること それから競技中所持金が五千円を超えてはならないということだけだった 川を渡り山を越え海を渡るうちに 参加者の身体は少しづつすり減っていった 或る者は耳を失い 或る者は鼻を失い 或る者は片目を失い 或る者は片腕を失った なかには生殖器官が欠落して生殖機能を失うものもいた シンデシモウタラモウオシマイデスガ 参加者は食料を得るために各地で労働に従事した 農作業を手伝い 漁船に乗り込み 森林を伐採した 仕事にありつけずに何週間も飲まず食わずで競技を続ける者もいた 不思議なことは 参加者のゴールする時期がほとんど同時期だったということだ 先頭の参加者がゴールしてから最後の参加者がゴールするまで ほんの数週間の間隔しかなかった 無論 途中で脱落して死ぬか 病院暮らしを余儀なくされる者も大勢いたには違いないが シンデシモウタラモウオシマイデスガ ゴール地点で参加者を出迎えた家族が 参加者の姿を見て驚愕することは珍しくなかった 欠けた鼻の開口部から鼻骨が覗き さらにはその開口部のなかに折れた釘が刺さった参加者の顔面を見て 参加者の妻が囁くように叫んでいたという ゴメンナサイ ゴメンナサイ ゴメンナサイ ゴメンナサイ このレースを完走した者に与えられるものは何もなかった 優勝者にさえトロフィーのひとつも与えられはしなかった このような競技の存在がほとんど知られていない以上 何らの名誉もまた競技者に与えられることはなかった 生死をかけて生還したという満足感だけが 参加者に与えられる唯一の慰めだった スイキョウニモホドガアリマスガ シンデシモウタラモウオシマイデスガ

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