大女

男であるおれが 思いっきり殴ってもおれない 頑丈な顎を持つお前 大女 巨体を誇らしげに揺らす 雪の降る国に暮らす人々は誰も 分厚いコートに身を包み 俯きつつ街頭を歩く姿に 孤独が影を落とす 孤独 という点でお前 大女 お前ほどつまびらかな知識を持つものも珍しいのだが そのことに気づくものは 勿論誰も居ないのだ というのもそれ お前の顔に絶えず浮かぶ 不敵な笑いのせいに他ならない  

 おれがお前に初めてあった正午 お前はその件の笑みを笑っていた 寒い季節のなかでもひときわ寒い或る一日 その日はひとつの騒動で始まった 大女 お前がその騒動のなかで果たした役割が おれとお前を結びつけたのはお前も知っての通り 原因も定かならぬ出来事のあとで おれはお前を夕暮れの街へ連れ出した あらかじめ定められた行動ででもあったかのように 街にはさまざまな国からの人々が溢れ お前はその巨体ゆえの注目を浴びながらも上機嫌だった 大女 おれはお前を大衆酒場に誘ったはずだ 東の国からの人々の賑わいに おれとお前は少々たじろいだものだが 店で一番多く飲まれるバルティカ・ミュンヘン 焦げ茶色の瓶に詰められたその酒を お前の要求に応えておれはオーダーした 鯨飲馬食 という言葉の意味するところをおれが初めて知ったのは あの晩のことだ 大女 お前はその巨体を微かな恥じらいに捩じらせ それでも大量の酒と大量の料理を平らげた おれのあきれ果ててみはる目の前で 長い夜を走りとおす汽車の座席に たとえば収まり切らぬその尻を揺さぶり 大女 お前は何度も小用に立ったね エロティックな匂いを匂わせて おれがお前のその仕草に欲情したことは言うまでもない その夜投宿したホテルの部屋で おれはもう一度確認したのだ お前の小水のむせかえる匂いを 長い長い夜 おれはお前の大きな乳房につつまれ 華やかなサーカスの夢を見た 大女 お前が空中ブランコに乗って あちらからこちらへと飛び移る 夢のようなサーカスの夢を だが それも今は遠い昔の話 おれのペニスに残る微かなぬくもりだけが 大女 わずかにお前の記憶をおれに喚起するのだ 前に生きた人生の記憶のように

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