第14話
帰ったと思っていた鶴来君の姿を見つけて思わず、彼の名前を呟いてしまう。しかし、すぐに我に返り、急いで渡り廊下の方へ駆け出した。
「鶴来君、帰ったんじゃ?」
「まぁ、色々な」
律儀に私が近づくのを待ってくれていた鶴来君だったが、私の問いに答えるつもりはないようではぐらかされてしまった。気になるがここで無理に問いただして避けられるのは嫌なのでグッと我慢する。
いや、そんなことよりもここで話が終わってしまったら鶴来君は帰ってしまう。急いで話を振らないと。
「ぁ、えっと、今ね? 苗を植えてて」
話題を探している最中に手にはめていた軍手が目に入り、考える間もなく自然と口から漏れる。それを聞いた彼は意外そうな表情を浮かべた。
「苗?」
「うん、そう。ほら、朝にマンションの前で落ちてきた」
「……あれを、貰ったのか?」
「そう、だけど」
何かおかしいことでもあるのだろうか。鶴来君は私をジッと見ながら眉をひそめる。しかし、すぐにいつもの顔に戻って小さく息を吐いた。
「それでバスに乗り遅れそうだったのか」
「あー、うん……その節はありがとう」
「別に……それにしたって……」
そこまで言った鶴来君だったが、何かに気づいたようにハッとして言葉を噤んだ。そして、どこか居心地悪そうに視線を泳がせる。
「鶴来君?」
「……何でもない。じゃあな」
「あ、待って!」
踵を返そうとした彼を慌てて呼び止めた。何を言いかけたのか、それが気になったのもある。だが、それ以上にもっと彼と話がしたかったのだ。
「……なんだよ」
私に呼び止められた彼は少しだけ億劫そうに言葉の続きを促してくる。彼の性格なら無視して帰りそうだったのでちょっとだけ意外。いや、今はそんなことよりも早く要件を言わなければ。
「そ、その……一緒に、帰らない?」
「は? なんで?」
「うっ……」
グサリ。彼の言葉が胸に刺さった音が聞こえた。
確かに鶴来君と帰る理由はない。ないのだが、友達と一緒に下校をするという行為に憧れがあったのである。そのため、一緒に帰りたいのは完全に私の願望なのだが、そうはっきりと言われると傷ついてしまう。
(そもそも鶴来君とは友達じゃないんだけどさ……)
「えっと……ほら、ね? 私たち、南町住みだから?」
それでも諦めきれなかった私が苦し紛れに絞り出した一緒に帰る理由。南町住みだから――何なのだろう。自分ですらよくわからない。こんな理由ではきっと彼は断ってしまうだろう。
「……はぁ。わかった」
「ほ、ほんと!?」
そう思っていたのに鶴来君はため息を吐きながらも一緒に帰ることを了承してくれた。それが嬉しくて思わず彼へと詰め寄ってしまう。
「あ、ああ……」
「じゃ、じゃあ! 急いで片付けるから玄関で待ってて!」
そう言って私は苗を植えるために使った道具を片付けに走る。あまり待たせると勝手に帰ってしまうかもしれない。
「……はぁ」
そんな私を見て呆れたのか。後ろから鶴来君の深いため息が聞こえてきた。
「鶴来君!」
片付けを終えた私は玄関に到着し、靴箱に背中を預けて待っていた彼を呼ぶ。よかった、まだ帰っていなかった。ホッと安堵のため息が漏れそうになるがそれでも待たせていたのは事実。これ以上は待たせられないと急いで靴箱からローファーを取り出し、靴を履き替えようとするが焦っているせいで上手くいかない。
「あ、あれ?」
「……はぁ、勝手に帰らないから落ち着け」
「う、うん……ごめん」
そんな情けない私を見ていられないと思ったのだろう。彼は私を落ち着かせるために声をかけてくれた。それを嬉しく思う反面、上手くできない私に少しだけ嫌悪感を抱く。
これ以上、変なところを見せて引かれないようにしなければ、と深呼吸した後、靴を履き替えて彼の傍へ移動する。
「えっと……じゃあ、帰ろっか」
「ああ」
私たちは並んで玄関を出た。まだ時刻は正午前。太陽は真上にあるが、それでも校舎に残っている生徒はいない。コツコツと私たちの足音しか聞こえない、緑に染まった桜並木を歩く。
「……」
「……」
もちろん、私たちの間に会話はない。だが、私に焦りはなかった。いや、ないというよりわかっていたので動揺せずに済んだというべきか。もちろん、その対処法も経験済みであり、これまでと同じように話題を探して話せばいい。
そう思って鶴来君を見て話題を探そうとし――彼が歩きながらスマホの画面を操作していることに気づいた。
(……え?)
歩きスマホはいけません。そう思う前に思考が停止した。
私の想像する友達との下校は色々と話しながら笑って、ふざけて、寄り道とかしちゃって。
そんな楽しくて仕方ない、まさに青春っぽいイベント。
しかし、コミュ障の私はスマホをいじられてしまったら話題を振ることもいつも以上に躊躇してしまうわけで。
(もしかして……本当に、嫌だったの、かな)
――空気、読んでくれない? はっきり言って目障りなんだけど。
確かに強引に誘った自覚はある。
でも、応じてくれたということはそこまで嫌がっていないと思った。
『嫌よも嫌よも好きの内』とまではいかないが、少なくとも私のことを嫌っているわけではないと高を括っていた。
しかし、目の前で『私に興味はない』とスマホを眺め続けられたら――。
「聞いてるか?」
「へ?」
ズブズブと思考の泥沼に沈みそうになった時、鶴来君の声で意識を引き上げられる。彼はいつもの仏頂面でこちらを見下ろしていた。
「え、あ、なに?」
「あと5分で西町経由のバスが来るから急いだほうがいい」
「ば、す?」
「ああ、ほら」
そう言いながら彼はスマホの画面を見せてくる。そこに映っていたのは北高前のバス停から出る南町往き路線バスの時刻表だった。
そういえば、私も外で調べられるように数日前に時刻表アプリをダウンロードしていた。きっと、彼も北高に通うためにアプリを用意していたのだろう。つまり、鶴来君は私と会話したくないからスマホを見ていたのではなく、私の代わりにバスの到着時間を調べてくれていたのだ。
「ほんと、だね……うん、ありがとう」
「?」
「何でもない! ほら、急ごっ!」
私の様子がおかしいことに気づいたのか、不思議そうにする鶴来君。しかし、完全な独り相撲だったので恥ずかしくなった私は誤魔化すように駆け出した。彼もすぐに追いついて並走する。
追い越すこともなく、後ろについてくるわけでもなく、隣を走ってくれた。それが嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
そのまま桜並木を抜け、校門を通り過ぎ、バス停へと直行――。
「おい、逆だぞ」
「うえ!?」
――とはいかず、目的のバス停とは逆方向へ走りかけた私を彼が呼び止めた。駄目だ、嬉しくてちょっと暴走気味になっている。すぐに調子に乗るのが私の悪い癖。早く直さなければ。
「あ、あはは」
「……はぁ」
「ま、待ってよ!」
少し照れくさくて乾いた笑いを浮かべたが、鶴来君はため息を吐いて目バス停へと歩き出す。このままでは今度こそ置いていかれてしまう。そう肌で感じ取った私は慌てて彼の後を追いかけた。
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