第7話
席に着いてからそれなりに時間が経った頃、教室の中はクラスメイトたちの会話で賑わっている。それでも私は会話に入れず、ポチポチとスマホを操作するフリをしていた。
もちろん、私からも話しかけようとはしたのだ。しかし、クラスメイトのほとんどが教室に入ってきた途端、友達を見つけたように他のクラスメイトの方へ駆け寄ってしまう。いや、実際に友達なのだろう。『一緒のクラスだねー』と喜びを分かち合っているのが何度も耳に届いて、絶賛絶望中なのだ。
エスカレーター式ではないのにすでに知り合っているクラスメイトたち。まるで何年も同じ学校に通った距離の近さ。
教室に着いてからの数十分で何となく状況を把握していた私はそっとため息を吐いた。
中学校は受験や引っ越しなどをしていなければ区画によってどの中学校に進学するか自動的に決められる場合がほとんどだ。それは小学校も同じであり、だからこそ、小学校と中学校が同じ生徒は自然と多くなる。
そして、音峰市は街の中央にある広大な森によって交通に関して不便なことが多い。だからこそ、生徒たちは学校を決める時、偏差値と距離を主な判断材料にする。つまり、受験する高校は基本的に自宅から通学可能な距離の近いところになるはずだ。
つまり、この街ではそのシステムが高校にも適用されるのである。もちろん、私のような例外はいるとは思うが、それは少数派なのだろう。目の前の光景がそれを証明している。
(どうしよ……)
時間的にそろそろ先生が来る頃だ。今から誰かに話しかけても中途半端に終わってしまうだろう。今は耐える時。勝負は入学式の後に行われるホームルームが終わった――。
「おはよー」
「ッ……」
――ズズ、と椅子を引きずる音と共に前から可愛らしい声が耳に届き、ハッとして顔を上げる。それがいけなかった。
「……」
「……? どうしたの?」
私の目の前にいたのは少しだけ違和感を覚えるギラギラとした金髪をサイドテールに結んだ少女。彼女は僅かに制服を着崩し、興味深そうにこちらを見つめていた。よく見れば化粧も軽くしているようで艶のある唇が窓から射し込む日差しを反射している。
ぶっちゃけ、とても可愛らしい金髪ギャルさんに朝の挨拶をされていた。
「ぇ、っと……ぉ、はよー、ござい、ます……」
あまりにも唐突な出来事に喉がカラカラになり、絞り出すように出た声はあまりに情けなかった。ああ、せっかく声をかけてくれたのに上手く挨拶ができない自分に腹が立つ。
「よっと、初めて見る顔、かな? もしかして、他のところから来たの?」
「っ……」
だが、金髪ギャルさんはそんな私を見て白い歯を見せながらニシシと笑った後、前の席に座って会話を続けた。まさかこんな私とお話ししてくれるとは思わず、目を見開いてしまう。
そして、体を硬直させて言葉を発せられない私を前にしても彼女は黙って待ってくれていた。微笑みながら足を組み、机に右肘を付き、右の手の甲を頬に当て、ジッと私を見つめながら。
「ぁ、その……」
それでも、長い間、同年代の子と会話らしい会話をして来なかった私の声帯は震えてくれない。あんなに誰かとお話ししたいと願っていたのにチャンスが来た途端、背筋が凍り付いて身動きが取れなくなっていた。
「皆さん、おはようございます」
そして、タイムリミットは予想以上に早く来てしまう。ガラリと教室の扉を開けながら眼鏡を掛けた若い男性が入ってきてしまったのである。おそらく、あの人が私たちの担任の先生になる人なのだろう。
「ありゃりゃ、時間切れかー。また後で、ね」
「ぁ……」
金髪ギャルさんは『あちゃー』と僅かに顔を歪め、私にそう告げた後、体ごと前を向いてしまった。ああ、私の馬鹿。絶対にチャンスを棒に振った。絶好球を緊張で空振りする野球選手のような見事な空振り三振である。
「初めまして、D組の担任を務めます、
クラスメイトたちが席に着いたのを見た後、担任の先生――榎本先生が今後の予定を言いながら優しく微笑む。優しそうな先生でよかった。よかったのだが、あと数分ほど待って欲しかったのは私の我儘なのだろう。
(いや、私が意気地なしなだけか……)
金髪ギャルさんは『また後で』と言ってくれたが、多分もう話しかけてこないだろう。挨拶はまともに返せず、言葉が詰まって会話が成立しない人と話したくないに決まっている。
「あやー、一緒に並ぼー」
「んー、あー……いいよー」
ほら、今だって他のクラスメイトに呼ばれた彼女は私の方を一瞥し、少しだけ悩んだ後、呼んだ子の方へ行ってしまった。ああ、駄目だー。終わったー。私の青春、ここで終わっちゃう。
「すぅ……すぅ……」
ちょっと泣きそうになりながら席を立つが、隣から聞こえる寝息に動きを止めた。そして、錆びついた歯車のようにぎこちなく隣を見ればあの親切な男の子が未だに眠っているのに気づく。
(な、なんでまた寝てるの!?)
榎本先生の声は教室全体に聞こえるようにそれなりに声量は大きかった。だから、その声で起きてもおかしくないはずなのに――いや、それ以前に入学式当日に堂々と机で眠るのもおかしな話だ。バスの中でも降り遅れそうだったし、やっぱり入学式が楽しみで昨日はよく眠れなかったのだろうか。
「……あの」
そんなどうでもいいことを考えながら私はバスの中と同じように彼に声をかける。一度目よりもすんなりと声が出て自分でも驚いた。
「……ん」
バスの時よりも深い眠りだったのか、彼は僅かに身じろぎをした後、体を起こす。だが、まだ寝ぼけているのか、周囲を見渡し、最後にこちらを見上げた。眠気眼だが、それでもその鋭さは失われておらず、私に突き刺さる。
うん、でも、やっぱりどこか可愛らしい瞳だ。それと同時にどこか懐かしさを覚える。
(でも、なんで……?)
「そ、そろそろ……入学式だって。廊下に並ぶみたい」
頭を過った疑問だが、今はそれどころではない。すでにクラスメイトたちのほとんどは廊下に出てしまっている。急がなければ皆を待たせてしまうことになるだろう。
「……ああ、わかった」
私の言葉で状況を理解したのか、彼はスッと立ち上がり、教室の扉に向かって歩き出した。私も慌てて彼の後を追って廊下に出る。
(あ、もう並んじゃってる……)
どうやら、二列になって並ぶようでクラスメイトたちはすでに仲のいい人たちと小声で話しながら前のクラス――E組が進むのを待っていた。入学式は第一体育館で行われるので一番近いG組から入場するのだろう。
完全に出遅れた私たちは大人しく最後列に並ぶ。前の方に並んでいる金髪ギャルさんが何度かこちらを心配そうに振り返っているが、友達に話しかけられる度に隣を見ており、忙しそうだ。
「……」
「……」
いや、今は金髪ギャルさんよりも隣に立つ彼のことだ。やはり、彼はとても大きい。女の子にしてはそこそこ高い私ですら、視線は彼の肩の位置。顔を見ようとすれば見上げなけれならない。
もちろん、私たちの間に会話は皆無。私はコミュ障だし、彼も積極的に話しかけてくるタイプではなさそうだ。
「……それではみなさん、揃ったようなので体育館に向かいます」
私たちが並んだのを確認した榎本先生は最後に教室を覗き込んだ後、先頭に立って体育館へと向かい始めた。
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