第6話

第5話にて読者様から進学率、就職率について質問があり、一部、表現が変更されています。内容自体にさほど影響はありませんが、気になる方は確認をお願いします。


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 正面玄関から校舎に入るといくつもの大きな靴箱が私を出迎えた。左から順に1年生、2年生、3年生と並んでいるらしく、新入生が迷わないように『新入生はこちら』と書かれた小さなホワイトボードが置かれている。その案内に沿って歩みを進めるとそこから更にクラスごとに分かれており、D組の靴箱は丁度、真ん中のところに設置されていた。

「えっと……」

 D組の靴箱の前に立つと小さな鉄の扉がずらりと並び、その一つ一つにクラスメイトと思われる苗字が書かれたネームプレートが貼り付けられている。中学校の頃に使っていた靴箱は割り当てられた枠の真ん中に仕切りがあり、上部に上履き、下部に外靴を入れるタイプだった。そのためか、見慣れない光景に戸惑ってしまい、思わず言葉を零してしまう。

(あ、あった)

 上から順番に名前を確認していき、中段の真ん中あたりに『影野』という名前を見つけた。クラス表を見た時に自分と同じ苗字を持ったクラスメイトはいないことは確認していたので素直に小さな扉を開ける。当然、中には上と下を分ける仕切りがあるだけで何も入っていない。いそいそと鞄の中から学校指定の真新しい上履きを取り出し、靴箱の前に設置されている簀子すのこへ落とす。そして、ローファーを脱いで靴箱の中へと収め、扉を閉めた。

 上履きを履いた後、周囲を見渡しながら玄関を抜け、廊下へと進む。そして、目の前に広がったのは大きな掲示板だった。すでに防犯ポスターや連絡事項が記載された用紙が貼られているが、その中でもひと際目立つのが『新入生はこちら→』とでかでかと書かれた大きな模造紙だった。東棟に教室があるのは入学案内にも書かれていたが、新入生が迷わないようにと念のために貼ってあるのだろう。

 その案内に従って東棟へ向かうために右折。掲示板のすぐ横にあるトイレや教室名が書かれたプレート――室名札がなく、何の部屋なのかさっぱりわからない扉の前を通り過ぎ、すぐに角にぶつかった。漢字の『日』で例えるとこの場所は右下の角だ。

「ッ……」

 左折するしかないので角を曲がり、私は思わず足を止めてしまう。目の前にはこれまで見たことないほど長い廊下が伸びていたのだ。

 だが、北高の校舎と生徒数を考えてもみれば廊下が長いのも納得できる。何故なら、この東棟にはA組からG組までの一般教室と3つの空き教室が並んでいるからだ。その数は合わせて10個。教室の大きさは――スマホを使って軽く検索してみたがおよそ7m×9mらしく、単純計算で手前の教室から奥の教室までの距離は90m。壁の厚さも考慮すれば廊下の長さは100mを超えているはずだ。私たち1年生は1階、2年生は2階、3年生は3階に教室があるので上の階も同じような構造になっているだろう。

 いや、長さだけではない。目測でしかないが横幅も広いような気がする。中学校の頃は人が横に4人並べるほどしかなかったのにこの廊下の横幅は私が6人並んでも余裕があるほど広い。そのせいで廊下がとても広く感じたのだろう。

(でも、なんでこんなに広いんだろう?)

 長さはともかく横幅はここまで必要ないように思える。生徒数が多いから、と言いたいところだが北高はあくまで音峰市の中で生徒数が多いというだけでマンモス校と呼ぶには心もとない。校舎の構造といい、安い学費といい、北高は他の学校と色々と違うようだ。

(そんなことより、早く教室に行かなきゃ)

 角で立ち止まっていれば他の人とぶつかってしまうかもしれない。私は頭を振って気持ちを切り替え、D組を目指す。教室はアルファベット順に並んでおり、手前がA組。奥がG組となっている。D組は4番目なので廊下の中央付近だが、G組の生徒は毎回、長い廊下を行き来しなければならず、大変だろう。

 教室は右側に並んでおり、教室の窓から外を見れば広いグラウンドが見渡せるはずだ。逆に左を見れば廊下の窓から中庭が見えた。校舎に囲まれているがそれなりに日差しを通すようで薄暗い様子はない。むしろ、お昼時は太陽が真上に来るので日差しの強い夏は中庭でご飯を食べるのは避けた方がよさそうだ。

 中庭を眺めながら廊下を進むとD組が見えてきた。更にその奥には渡り廊下へと続く扉もある。そっちも気になるがまずは教室に入ろう。

「……」

 扉の前に立ち、室名札を見上げる。そこには確かに『1年D組』と刻まれている。

 私が1年もの間、過ごす教室。

 上手くやっていけるだろうか。

 誰かと仲良くなれるだろうか。

 前のように・・・・・ なったりしないだろうか。

 そんな不安が再び、私の胸を燻る。緊張で今にも心臓が爆発してしまいそうだ。

「……よし」

 だが、ここまで来たのだ。今更、怖気づくわけにもいかない。

 覚悟を決めた私は小さく言葉を零し、扉を開けた。

「……」

 さっと教室を見渡す。まだ時刻は8時10分を過ぎた頃。登校するには少しばかり早い時間だ。

 しかし、教室には数人で集まって小声でお喋りしている女子生徒や机に座って入学案内を眺めている男子生徒。あとは机に伏せて寝ている人など、すでに10人ほどの生徒が思い思いに時を過ごしている。

 私が扉を開けた時の音でほとんどの人がこちらをチラリと見た。一瞬、ドキッとしてしまうが特に反応を示すことなく、私から視線を外す。とりあえず、私の容姿を見て絡んでくる人はいなさそうでホッとした。

(えっと、私の席は……)

 黒板に座席表が貼ってあるのを見つけ、パタパタと近づいて眺める。座席表には縦横6列ずつ、計36個の四角が描かれており、その四角一つ一つにクラスメイト達の苗字が印刷されていた。どうやら、1年D組は36人構成らしい。

 ジッと座席表を眺めていると窓際から2列目、前から4番目の四角に『影野 姫』と書かれているのに気づく。黒板は正面玄関側に設置されているので黒板を前とすると左側が窓際、右側が廊下側となる。一番前の席じゃなくてよかった。

「……え?」

 自分の席もわかったので座席表から目を離し、自分の席へと向かう。そして、私の隣の席で机に突っ伏して寝ている男子を見て目を見開いた。

「すぅ……すぅ……」

 そこにいたのは朝、私と目が合ったあの男子生徒だったのである。大きな体を丸め、鞄を枕にして小さな寝息を立てながら眠っていた。

(会えたとしてもしばらく経ってからだと思ってたけど……)

 まさかこんなに早く再会できるとは思っていなかったので席に辿り着いたのに座らず、ジッと彼を見つめてしまう。朝、通学路で見た時と同じようにぼさぼさの黒髪を持ち、座っていながらもわかる大きな体。あの時と違うのは鋭くもどこか可愛らしい瞳は閉じられており、無防備な姿を晒しているところか。

「……はっ」

 そんな彼の姿をジッと観察していると背中に突き刺さる視線に気づき、我に返る。まだ登校しているクラスメイトは半数以下だが、隣の席で座っている生徒を見つめていれば注目を集めてしまうのも仕方ない。慌てて鞄を机に乗せ、席に座った。

「……」

 入学式なので特に机の中にしまうような荷物はない。なので、机の横にあるフックに鞄の紐をかけるだけで朝の支度は終わってしまった。他のクラスメイト達は会話をして時間をつぶしている子の方が多いが、私に話しかけるという選択肢――いや、勇気はまだないので一先ず様子見。制服のポケットからスマホを取り出して、適当に操作するフリ・・をする。我ながらなんとも情けない。願わくばこんな芝居を打たずに時間を過ごせるようになればいいのだが。

「……はぁ」

 誰にも聞こえないように小さなため息一つ。そして、チラリと隣の席に座る彼へ視線を向ける。先ほどと変わらず、気持ちよさそうに眠っており、今はそんなマイペースな彼が羨ましかった。

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