第22話 異能全開
異能者である忍でさえもそう思うほどに、鈴音の異能はすさまじい。
「ええそうよ。私の異能は音を操るもの。こんな風に対象に触れなきゃいけないのだけどね――」
言って、忍を無造作に蹴り飛ばす。
轟音も、鼓膜が片方やられたせいか小さく感じるが、威力自体はまるで変わっていない。
忍の体はドアを突き破り、廊下まで吹っ飛ばされる。
メキメキと、体から鳴ってはいけない音が鳴りまくっている。
だが、意識を手放したらそれで終わりだ。
立て、立ち上がれ――
だがそんな忍の指令に、体はもう限界だと立ち上がるのを拒否していた。
「驚いた、まだ生きてるのね」
ひょいと鈴音が忍の顔を覗き込んでいった。
「昔から、傷の治りが妙に速くてな……」
鈴音はぐいと忍の制服をたくし上げ、傷の様子を見た。
傷はかすり傷程度にまで塞がり、血も止まっている。
「ふぅん……本格的に化物ね、あなた」
おもむろに、傷口に銃口を押し付けた。
「づっ……」
ジュウ、とキッチンでしか普段聞かないような音が、自分の体からした。
発砲されて間も無い銃口は非常に高温で、剥き出しの神経を容赦なく蹂躙した。
「おまえに、言われたく、ない」
「そうかもね。けど、あなたよりはマシだとは思うわ。少なくとも、どこかの誰かさんのように殺戮をばら撒いたりしないもの」
「それは……たまたまそうだったってだけだろう」
別に忍とて、好きでこんな異能を持ったわけではない。
選択肢があったというのならば、異能者ではなく普通の人間として生きていくことを選んでいただろう。
けれど実際にはそんなものはなくて、定期的に人を殺さなくてはいけない殺人鬼になっていた。
だが、今更それを悲劇だとは思わなかった。
そんなもんだと割り切って、殺し続けた。
「分かっている? あなたはあなたが思っている以上に邪悪で、醜悪なのよ」
「そんなの、知るか」
「いいえ、知ってもらうわ。あなたがただの異能犯罪者なら別にいい。けれど、進と一緒にいるというならば話は別なのよ」
「……進進って、そんなにあいつが大事か」
「ええ、大事よ。進と世界、どちらかしか選べないとしたら迷わず進を選ぶわ。進がいることでこの世界に価値が生じているようなものだから……あいつがいない世界なんて、無価値もいいところじゃなくて?」
同意か?
これは同意を求められているのか?
「まあ、少しはつまらなくなるだろうな……」
「要領を得ない答えね……あいつは臆病のくせに平気で自分の命をベットするから困ったものよ。おまけに絆されやすいし……まあ、そういうところも好きなのだけれど」
首にかけたヘッドホンを、鈴音は愛おしげに撫でる。
進から貰ったものなんだろう、とぼんやり思った。
「だから私は進を守る。そのために異能を完全に自分のものにした。警察に入って権力も手に入れた。それなのに、あなたみたいな泥棒猫が寄ってくる……世の中、ままならないものよね」
鈴音は忍の頭部を包み込むように持ち上げる。
「ましてやそれが殺人鬼ときたわ。冗談じゃないって話じゃない?」
瞬間、凄まじい音が忍の頭を撃ち抜いた。
まるで、パイルバンカーを脳に直接叩き込まれたような。
しかもそれは一回では終わらない。
ずどん、ずどんと、一定のリズムで忍の体を撃ち抜いていく。
「結構効くでしょ? 心臓の鼓動音を思いっ切り増幅させてるんだけど、これを食らった奴は大抵中身が無茶苦茶になって死ぬのよ」
逃げ出そうにも、左右から頭部を固定されているので、逃げ場がない。
ナイフを突き立てようとしても、右腕は鈴音の革靴によって踏みつけられて動かすことが出来ない。
握ることすらままならず、カタンと赤く染まった床にナイフが落ちる。
「あなたみたいな化物に、居場所なんて用意されてる訳ないでしょ? あったとしても、私は認めない。ましてや進の側なんて、絶対に」
こんな騒音の中でも、鈴音の声だけはいやにクリアに聞こえた。
これも異能の一つなのだろうか――
そんなことを思っていると、ばちんと、もう一つの鼓膜が破れたのを感じた。
それでも、音は忍の肉体を蹂躙することを止めない。
音が遠ざかっても、叩き付けられているダメージには一切変化がない。
既に忍の体はボロボロだ。
視界は真っ赤に染まりつつある。
ごふっと、口から血が噴き出た。
――もういいだろう。意識を手放してしまえ。
――そうすれば楽になる。
何かが、耳元で囁いた。
鼓膜が破られているのに、その誘惑に近い何かは聞き取ることが出来た。
しかし鈴音の声ではない。
多分、自分の声なのだろう。
自分が聞いている声と他者が聞いている声というのは若干ズレが生じているという。
――どうせ奴には、かないっこない。
そう認識した瞬間、一つの感情が忍の中で湧き上がった。
「ふざけ、るな」
それは、怒りだ。
「私、は」
負けられない。
負けたくない。
理由は自分でもよく分からないけど、絶対に――!
「私は――!」
体の中で、何かが弾けた。
鈴音の音によるダメージでもなく、いつもの殺人衝動でもない。
表現するならばそう――力だ。
弾かれたように拘束を振りほどき跳躍。
そのまま天井に張り付いた。
「くっ――」
血が流れる二の腕を押さえ、鈴音は天井を見上げた。
「その姿……心どころか体まで化物になったみたいね」
「……体?」
割れた姿見の破片に映り込んだ自分の姿を見て――
「なっ……」
絶句した。
頭部に生えているのは、黒い毛に覆われた耳。
明らかに人間のものではないそれは、忍が愛して止まない動物の耳――則ち、猫耳。
見開かれた目は黒ではなく金色に染まっている。
スカートから覗いている尻尾は、驚愕を現すかのように、毛がぼわっと逆立っている。
手の爪を猛獣のそれのように変化させることが出来たが、ここまでの肉体変化は今まで経験したことがない。
体の一部が猫のものに変化する『猫憑き』という伝承が存在するが、今の忍の姿はまさしくそのような姿だった。
「これが、私の異能なのか……」
動物に由来する能力なんだろうとぼんやり思っていたが、まさか猫だったとは。
「醜いわね。そんな姿にまでなって生存を望むなんて」
「――舐めるなよ、私の生き汚さを」
自分が
それが黒猫忍だ。
そんな殺人鬼が、自分よりちょっとばかし強い奴と出会ったくらいで生きることを放棄する?
「……はっ」
考えれば考えるほどバカらしい。
「私は、生きるんだ。それを邪魔するって言うのなら――殺してやる」
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