第21話 悪徳刑事と殺人鬼
「……っ!」
認識した瞬間、赤くなった鉄を押し付けられたような――巷ではそんな比喩がよく使われているが忍はそんな経験は無い――灼熱感が広がっていく。
膝を突きそうになって、それを懸命にこらえる。
「ますます、銃が嫌いになりそうだ……」
当たると熱くて、当たらなくてもうるさい。
そもそもあの弾丸はどこから飛んできたのか――
「――結構しぶといのね。銃弾を受けた痛みって、わりかしシャレにならないと思うのだけれど」
そんな言葉と共に事務所に入ってきたのは、忍が知っている人物だった。
「泊木、鈴音……」
その右手には五連式リボルバー拳銃〈S&W M360〉が握られているが――妙だ。
いくらサイレンサーを使ったとしても、完全に音を殺しきることは不可能なのだ。
ましてや聴覚が敏感になっている忍が、その音を聞き逃す筈が無い。
第一リボルバーにサイレンサーを付けることは出来なかったはずだし、それらしき物も見受けられない。
「昔から、痛みには鈍い達でな……それにしても威嚇発砲無しとは、かなり問題になるんじゃないか?」
傷を回復させる時間が欲しい。
少しでも時間稼ぎをしなければ。
「問題はバレなきゃ問題にはならないのよ」
法を守る警察官にあるまじき台詞だった。
「それに、それは普通の犯罪者である場合の対応よ。クロであることが証明された異能者相手には問答無用で弾丸をぶち込むことだってできる……ねえ、殺人鬼さん?」
「なんのことだ? 知らないな……」
ひとまず、すっとぼけることにする。
「惚けなくていいわよ。今朝の会話、すべて聞かせて貰ったわ。壁越しにだけど」
聞かせて貰った――つまりあのタイミングで、盗聴器を仕掛けられていたのだろうか?
「そんなもの、証拠になるとは思えないがな」
実際認めてしまったのようなものだが、
「確かにそうかもしれないわね……けど、この現場はどうかしら」
「何……?」
忍の周囲には、おびただしい量の死体の山。
「今まで手がかりを残していなかったようだけど、ここまで派手に立ち回れば血痕の一つでも見つかるはずよ。おあつらえ向きに怪我もしているみたいだしね」
自分の迂闊さに歯噛みする。
ヤクザは自身の縄張りに警察を入れさせたがらないので、事件そのものが警察の耳に入らないこともある。
忍がヤクザを好んで殺していたのはそれが理由だ。
が、もみ消す役割を持つヤクザ達も、忍は殺してしまった。
あまりにも初歩的なミス。
進に危機が及ぶということに、思いの外感情的になっていた。
「ここまでやっておいて、正当防衛を立証するのはほぼ不可能……後は芋づる式に今までの事件も立証できるって筋書きなの。お気に召したかしら?」
「……すべて、おまえの差し金か」
「ご名答。岸島達の事務所にあなたの情報を提供したのは私よ」
まるで悪びれた様子も無く、堂々と鈴音は言った。
「本当だったら。あなたと岸島達が共倒れになってくれるという筋書きだったのだけれど……結局、こうなるのね」
「岸島が生き残っていたら、どうするつもりだったんだ」
「殺してたわ、もちろん。逮捕して変なこと口走られても後々面倒だし――なによりこいつら、進をいじめたのよ? それ相応の報いを受けなくては割に合わないでしょう。その後は手を回して全てあなたがやったことにすればいいのだし」
「この、悪徳刑事め……!」
いくら忍が殺人鬼と言えど、ここまで悪辣な手段を使わないし、そもそもそんな発想さえ思い浮かばない。
「なんとでも言いなさいな。それにあなた、何か勘違いしていない?」
「何……?」
「証拠なんて、あくまで保険にすぎないわ。最終的に、あなたがここで死ねばいいだけの話なのだから」
瞬間、鈴音の体がブレる。
気付いた時には、鈴音は忍に肉薄して拳を叩き込もうとしていた。
――速い!
咄嗟に腕をクロスしてガードする。
さすがにこれくらいなら耐えられる――
そんな甘い考えは、凄まじい衝撃と轟音に砕かれた。
「がっ……」
勢いを殺しきれぬまま壁に吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられた。
ぶしゅうと、塞がりつつあった傷口からも血が噴き出す。
舌に広がる鉄の味が、さらに濃厚なものになった。
おかしい、あまりにもおかしい。
鈴音のパンチは決して侮ってはいけないものだとは分かっているが、この威力はあまりにも規格外すぎる。
まるで、ギャグマンガでの一撃のような、そんな現実味のない威力。
だが、軋む骨と流れる血が、それがどうしようもない現実であることを示していた。
「もう一つ、追加させてもらうわ」
そう言って、コツンとソファーを蹴る。
再び、轟音。
「!?」
あわてて床を蹴り、天井に張り付く。
砲弾の如き勢いで飛んできたソファーは壁に叩き付けられ、原形を留めぬくらい無茶苦茶に破壊された。
少しでも遅かったら、忍もこんな風になっていたかもしれない――そう思うと、背筋が寒くなる。
ここまで来れば、もう憶測は確信に変わる。
「おまえも、異能者なのか……?」
「そんなところよ。さて、どんな能力かしら?」
ニヤリと、鈴音は不敵に笑ってみせる。
「教えてくれたらありがたいんだがな……」
「嫌よ、勝機が逃げるじゃない」
ケチ――とは言わない。
自分の能力を秘匿することは、異能者同士の戦いでは当たり前のことだ。
能力の弱点を突かれて敗北することは枚挙に暇がないのだと進が言っていた。
忍のように単純な身体強化であればそのアドバンテージは低くなるが、鈴音のように常識から外れた能力を行使する場合は、勝敗に大きく作用する。
「なんとしても割りださねばな……」
しかしそうはさせじと鈴音が銃口を上げる。
「チッ――!」
爪を使って天井を駆ける。
ばすんばすんと、天井に穴が空く音が背後から聞こえてくる。
やはり、発砲音がまるで聞こえない。
どれだけ耳をこらしても、サプレッサーどころか、銃の機構の音すら聞こえない。
動画をミュート状態で見ているような気分だ。
「だったら――使わせない!」
天井を蹴って急降下し、そのまま鈴音の懐に入り込む。
――このリーチならば、銃も拳も使えまい!
「――甘いわね」
トリガーが引かれる。
銃声は、従来のような広がるような音では無く、収束して忍の耳を撃ち抜いていた。
「ぐあっ……!」
痛みと共に、ザワザワとノイズが聴覚を侵食していく。
鼓膜が破れた。
耐えきれずに、ナイフを振るうことが出来ずに膝を突く。
変だ。
いつもより銃声が大きいということもあるが、音の広がり方そのものが尋常ではない。
今まで音が聞こえてこなかった分のツケを払うかのような爆音――
「音……そう、か。音か」
音を操る――それが、泊木鈴音の異能。
そう認識した瞬間、今までバラバラだったパズルのピースが一気に組み上がっていく。
凄まじいバカ力と思っていた攻撃も、増幅させた音を衝撃波のようにして放っていたものだろう。
今まで銃声どころか機構の音すら聞こえなかったのも、それが説明が付く。
異能者がものに干渉できる程度は個人差があるが、鈴音の干渉力は他の異能者の中でもトップクラスだ。
進が彼女を強いと言った理由を、ようやく理解した。
――反則だ、あまりにも。
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