第14話 ふつつかな殺人鬼ですが
そんな間の抜けたやり取りの後、進達はソファーに座って向かい合っていた。
段々忍がここにいる光景に違和感がなくなりつつあることに少しだけ戦慄する進である。
なお、進は面接っぽさを演出するためか眼鏡をかけている。
「抜群に似合っていないな」
「うるせーよ。こう言うのは雰囲気だ雰囲気」
「雰囲気というなら、まずそのスカジャンを脱いだらどうだ」
「バカヤロー、スカジャンは俺の魂だぜ。脱ぐのは、風呂入るときと寝るときだけだ」
「割と結構な頻度で脱ぐじゃないかおまえの魂」
「えーいやかましいわ。ひとまず始めるぞ」
んんっと咳払いして、面接官っぽい口調にチューニングする。
「えーっと、お名前は黒猫忍さん……十五歳ですね」
「うむ、ぴちぴちのJKだ」
「なるほど」
なにがなるほどなんだろうと、自分でも疑問に抱きながらも、忍から渡された履歴書に目を通す。
学歴は幼稚園から中学までが書かれている。
資格欄は素っ気なく英検三級とだけ書かれている。
まあこの年齢だし、資格や学歴はあってないようなものだ。
そもそも進も訳あって高校を中退して持ってる資格も運転免許のみという身の上なので、相手の学歴やら資格やらを批評するつもりは毛頭無い。
探偵のいいところは、事務所を立ち上げれば誰でもなれるところである。
ただし仕事が来るとは限らない。
「ではまず、我が社を志望した動機をお聞かせ願えますか?」
「三食昼寝付きだからだ」
「正直ですね」
昼寝付きとは一度も言った覚えはないのだが、忍は自発的に行うつもりなのだろう。
「特技は?」
就活生が面倒と思うであろう質問をジャブとして繰り出す。
「殺人だ。一番扱いに長けているのはナイフだな」
顔面ストレートで返してきた。
「なるほど、血生臭いですね」
就活だったら面接官から警察官にバトンタッチしている頃合いだ。
「殺したては不愉快な匂いはあまりしないぞ」
どうでもいいんだよ、そんな殺人鬼トリビア。
「他に特技は?」
「よく寝るぞ」
「具体的には?」
「夜は八時間、授業中も半分くらい寝てるぞ」
「よくそれアピールになると思ったなオイ」
健康的……とでも言えばいいのだろうか。
よく寝ることは別にいいのだが、働き手としては結構マイナスなイメージを与えかねないのではないか。
つーか自己アピール下手くそかこいつ。
「……猫と喋れるって、特技に入ると思いますよ?」
仕方が無いので、助け船を出した。
「それは特技なのか?」
「世間一般では特技なんですよ」
全員が全員喋れると思うなよ。
「ふーむ、では猫と喋れるぞ」
「なるほど、個性的な特技ですね」
しかしこの特技は決して役立たずではないことは、猫探しの一件で思い知らされている。
はっきり言って、猫探しの才能は進以上だ。
探偵としてポテンシャルも、まあ悪くない。
多少の荒事も問題無くこなせるだろうし、良識も持ち合わせている。
ただ殺人鬼なだけで。
だけ、というにしては結構致命的な特性なのだが。
「なあ忍」
エセ面接官の口調を放り出して、忍に問いかける。
「おまえは、生きていたいか?」
極めて漠然とした問いだったが、忍はこくんと頷いた。
忍は殺人を嗜好する殺人鬼だ。
しかしその殺意の源流は、彼女の意志によるものではない。
一種の呪いだと言ってもいい。
「生きていたいな。普通とまではいかなくとも」
「殺人鬼なのにか?」
我ながら、最低な質問だった。
しかし特に不愉快さを露わにするわけでもなく、忍は続けた。
「そうだな……人を殺してでも、私は生きたい。彼らの生活を根こそぎ滅茶苦茶にしたとしても、自分の日常を守りたい。それを邪魔する奴は――誰であろうと殺してやる。そう思う」
最低な質問に答えに、最低な答えが返ってきた。
「そうかい」
彼女の特性を知れば、多くの人間は積極的に排除するようになるだろう。
それは異常では無い。
人里に降りてきたクマがいれば、猟師を呼んで撃ち殺すのと似たようなものだ。
そして進には、その許可が与えられている。
警視庁捜査五課に所属する者に与えられる赤い警察手帳。
極めて甚大な人的被害を出した異能者を排除できる殺人パスポート。
今この場で、忍を殺そうとすることはできる。
彼女のポテンシャルを考える限り、勝つことができる可能性は限りなく低い。
が、仮に手をかけたとしても、進にお咎めはない。
むしろ、街に巣食う殺人鬼を倒した英雄っぽいものにはなれるだろう。
それが普通だ。
自分の事務所に住まわせた挙げ句社員として雇う方が異常でイカれている訳だが、
「採用」
進はそんな異常でイカれたことを口走っていた。
「……いいのか?」
「いいのかって、頼んできたのはおまえだろ。いい加減、一人でやってくにゃキツいと思ってたんだ。雇ったヤツが、たまたま殺人鬼だったってだけだろ」
だけ、というレベルじゃないのは進も分かっていたが、決めてしまったものは仕方が無い。
それに、忍の一種の開き直りとも取れるスタンスが、少し気に入ったという事もあるかもしれない。
忍はしばし目を瞬かせ、ぴょんと座ったまま跳ねた。
その後も、体をそわそわ揺らしている。
どうやら嬉しかったようだ。
「えっと、えっと、こう言うときはどう言えばいいんだろうか」
「よろしくとでも言えばいいんじゃね?」
「おお、そうか」
忍は深々と頭を下げて言った。
「不束者だが、よろしく頼む」
わざとやってるんじゃねえだろうなこいつ!? とは突っ込まないでおいた。
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