第11話 猫探し必勝法
「逆になんでいいと思ったんだ」
「猫探しなのだろう?」
「そう言っただろ」
「だからだ」
「全然理由になってねえよ!」
乾燥機にかけた布団並みにふわっふわだった。
「あの猫は飼い主と離ればなれになってしまったのだろう? 猫に罪はない。あったとしても可愛いからすべて不問だ」
「なんだその動く免罪符。つーか、昨日はおまえが邪魔しにきたんだろうが。あとちょっとだったってのに」
「アレはその……どう考えてもビジュアルが、雄の三毛猫の値段に目が眩んでなりふり構わず捕まえようとしているチンピラにしか見えなかったんだ」
「悪うございましたねチンピラみてーな見た目でよ。第一あれはメスだったろーがよ。まさかそれすら分からねーマヌケだと思ったんじゃねーだろうな」
「おお、よく分かったな」
「全然嬉しくねえ!」
「だが実際にマヌケだろう。あんな方法で、本当に捕まえられると思っているのか?」
「ぐっ……」
痛いところを突かれた。
元より、ペット探しは得意ではないのだ。
しかしあれ以外方法がないというのもまた事実な訳で、
「へんっ、そこまで言うのならおまえが探してみたらどうだよ。そこまで言うってのならさぞかし見事な手腕を見せてくれるんだろーな?」
我ながらなんとも子どもっぽい言い草だった。
しかし実際、探偵に関してはてんでド素人の忍に色々言われるのもシャクに障るものだ――
「うむ、分かった」
「あ?」
「分かった、と言ったのだ。あの猫を探せばよいのだろう?」
「そりゃそうだけどよお。そう簡単に見つかったら苦労は……って待て、どこ行くんだよ」
忍は進の声なぞ聞こえないと言わんばかりに、ずんずんと裏路地へと入っていく。
「随分と慣れてるんだな」
この街の裏路地は複雑に入り組んでいるのはもちろん、奥深くでは半グレの溜まり場になっているとか、薬物の裏取引に使われているだとか、物騒な噂が絶えない。
そのため、この街の住人でもおいそれと中に入ろうとしないのだ。
しかし忍は、迷いのない足取りでひょいひょいと進んでいく。
「ここは絶好の狩り場だからな。構造は大体記憶している」
「狩り場ねぇ……」
どんな風にコメントしたものかと思っていると、視線の先に二つの人影を見つけた。
「げっ」
進は忍の手を取り、自販機の影に隠れた。
「おい、何をするんだ」
「何って、あいつらに気付いてねーのかよ?」
「あいつら? ……ああ、そう言えばなんかいるな」
自販機の影から覗き込みながら、忍は言う。
「なんかいるなって……あいつら、岸島の部下だぜ」
「ほほう。それがどうかしたのか?」
「おまえ、今自分が一千万の賞金首ってこと忘れてねーか?」
「おお、そうだったな」
いちいち緊張感のない奴だ。
鈍感なのか大物なのか……多分前者だろう。
幸い、向こうは進達の存在に気づかなかったようだ。
黒スーツ達が姿を消したのを見計らって、自販機の影から出る。
「慎重に行こうぜ。こんなところでドンパチするのは面倒だしな」
「言わんとしていることは分かるがな。私が殺人鬼であることを知っているのはおまえしかいないのだぞ。姿を見られたとて、そのまま殺人鬼だーと思われるのはいささか無理がある話ではないか?」
忍の今の格好は、闇に紛れる黒のパーカーではなく水浜第二高校の制服だ。
確かに今の忍を見て殺人鬼を連想することはそうそうないと思うが、
「こんな裏路地をプラプラ歩いてるって時点で怪しさ全開だっつーの。しかも俺と一緒にいるって時点で限りなく黒にちかいグレーって奴だ」
言ってはなんだが、進の仕事はすさまじくアンダーグラウンドな部分に片足を突っ込んでいる。
そんな進と、他の場所ならまだしもこの裏路地にいたというのは、怪しいと思われても仕方が無い。
「グレーなら大丈夫なのではないか?」
「岸島は疑わしきは罰してから考える主義なんだよ。あいつのところに報告がいったら、手始めに拷問だろうよ。拷問仮に無関係だったとしても、ただじゃすまないだろーな」
「……ヤクザみたいだな」
「ヤクザだからな。あいつとあんま関係持ちたくない理由がコレだ」
「なら縁を切ればいいではないか」
「切ろうとしてもあっちから来るんだからどうしようもねーな」
「なるほどな……」
ふむふむと忍は頷いていたが、切り替えるようにぽんと手を打った。
「そんな奴らのことより、まずは猫だ。猫を探すぞ」
苦し紛れに言ったのだが、忍は思いの外やる気らしい。
「意気込みはケッコーだけどよ、まずはどうするのかは知ってんのか?」
「知ってるぞ。探偵はまず聞き込みを行うのだろう?」
「まあ、そうだな」
間違っちゃいない。
「けどよー、こんな人気の無い裏路地で聞き込み調査というのはいささか無理があるんじゃねーのか?」
ニヤニヤと笑う進に、忍はこてんと首を傾げた。
「人? なんでそんなものに聞く必要があるのだ?」
「は?」
今度は進が首を傾ける番だった。
「いや、あのな。聞き込みってのはまず人に聞かなきゃ始まらないんだぜ? まさかグーグル先生にでも聞くんじゃねーだろうな」
「バカかおまえは。こう言うときは一番手っ取り早い相手がいるだろう」
忍はしばらくきょろきょろと周囲を見渡していたが、何かを見つけたのかぴくんと眉を上げた。
「おい、あの猫の写真をくれ。飼い主から貰っているのだろう?」
「はいよ」
既にスマホに保管してあるので、くれてやっても問題無いだろう。
忍は写真を手に、とててと小走りで進んでいく。
「すまない、少しいいか?」
忍が声をかけたのは――ゴミ箱の上で丸くなっている一匹の黒猫だった。
ゴミ箱の上に身を丸めていた黒猫(猫の方)は、忍の声にぱちりと目を覚ました。
進がそんなことをしようもなら、警戒された挙げ句逃げられるのが関の山だが、猫は忍に警戒する様子はない。
まるで、
『なんだいお嬢ちゃん。俺に何か用かい?』
と言わんばかりの態度である。
「この子を探していてな。見覚えはないか?」
猫は忍が手にしている写真を見ると、耳を動かしたりにゃーにゃーと鳴き始めた。
「……そうか。ありがとう」
忍は満足そうに頷いた。
猫は再び体を丸めて昼寝に戻った。
「どうやら、少し前にここを通ったそうだ。思ったより、早く見つけられそうだぞ――ん、どうした?」
進の元に戻ってきて何事もなかったように説明する忍に、待てと手で制す。
「そりゃこっちの台詞だ。ありゃどーゆーとだよ?」
「どういうことって……聞き込みだぞ。おまえも探偵ならよくやるのだろう?」
「ああやるよ。やるにはやるけど、俺があるのは人間相手だけだ」
猫相手なんて一度もやったことがない。
しかも忍はにゃーにゃーと泣いていたわけではなく、普通に日本語で話していた。
「だが今探しているのは猫なのだぞ。餅は餅屋と言うではないか」
「そうかもしれねーけど、相手は猫だぜ? どうやって話してんだよ」
「どうやってって……」
ふむと顎に添えると、そのままこてんと頭を傾けた。
「確かにどうやって私は話しているのだろうな?」
「俺に聞くなよ。こっちが聞きたいんだっつーの」
「なんでと言われても……出来るものは出来るんだ。おまえは自分の呼吸の仕組みを詳しく説明できるのか?」
「……出来ねえな」
呼吸の仕組みは学生だった頃授業でやった記憶がないではないが、そんなものを常日頃意識している訳ではない。
文字通り、息をするようにやっている訳だ。
これも忍の異能なのか、はたまたただの特技なのか判断に迷うところだ。
異能というものは基本的に自己申告であり、本人でさえもその詳細を知らない場合が多い。
使える力で自分の能力はまあこう言うものなのだろうと判断するため、実際には全く違う異能だった――というパターンもある。
「じゃあよぉ、犬とか他の動物とも話せんのか?」
「何を言ってるんだ。人間と犬が話せるわけがないだろう」
真顔で返されて釈然としない気分になったのは言うまでもない。
それから二人は裏路地を住処としている野良猫たちを相手に聞き込みを続けた。
端から見るとその光景はなかなかに奇妙なものではあったが、この手の不可思議現象をいやという程見ていた進は、すぐに慣れた。
事務所を出て二時間が経過しようとしている。
日も傾きかけていたその時、電柱の影に一匹の猫が蹲っているのを見つけた。
「あいつって――」
写真と見比べてみる。
間違いなく、進が探していた猫だった。
「よっしゃ。早速とっ捕まえて――うげっ」
飛び出そうとすると、襟首を掴まれ止められた。
「なにすんだよ!」
「それはこっちの台詞だ馬鹿。がむしゃらに突っ込んだって昨日の焼き直しになるのが関の山だろう」
二人の存在に気付いたのか、猫はびくりと体を震わせて逃げ出した。
「だーっ、もう逃げられちまったじゃねーかよ!」
今月の収入がーと頭を抱える進だが、忍は涼しい顔で言った。
「問題ない」
瞬間、忍の姿が掻き消える。
「ぬぁ――!?」
思わず目を剥いた。
走っていた。
それも壁を。
凄まじいスピードでそんな絶技を成しているのか――と思ったが、それに加えて忍は二本の腕も壁に食い込ませている。
彼女の指先は人間のそれではなく、猛獣のかぎ爪へと変わっていた。
肉をあっさりと掻き切ることが出来そうなその爪が壁をホールドし、忍にさらなるスピードを与えている。
忍は重力をものともせずに走り抜け、猫の進行方向へ回り込む形で着地し、爪を引っ込めた両手で猫を優しくキャッチ。
全力でぶつかれば双方ともそれなりのダメージを負っていただろうが、忍はキャッチする瞬間に体を後方に傾けることで衝撃を受け流していた。
「よしよし、捕まえたぞ」
顎を撫でられ、猫は気持ちよさそうに力を抜いた。
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