転生令嬢の辺境騎士~古代魔法しか使えないけど、古代の力で勇者になる~

天羽睦月

第1章

第1話 夢見る騎士は悪夢を見る

「今日限りでお前は騎士団から退団だ」

「ど、どういうことですか!? まだ見習いとして一ヶ月しか働いていませんよ!」


 煌びやかな家具が並べられている一室。

 少年――ノアは突然投げかけられた言葉に戸惑いを隠せない。なぜなら名もない片田舎から唯一の家族である妹と共に生きるため、世界でも有数の軍事国家であるテネア王国に移住したばかりだったからだ。

 しかし移住をしたから楽に暮らせるわけではないのは、目の前に座っているテネア王国を守護する騎士団を束ねる“騎士団長マグナ・フォリス„の言葉で分かる通りだ。


「どうしてもう退団なんですか!? 意味が分からないですよ!」

「まだ一ヶ月といったが、もう一ヶ月だ。それだけあれば判断はできる」


 生きるために仕事を探していたノアは、門戸を開いていたテネア王国全土を守護する役目を担っているテネア騎士団に志願をした。

 そこで見習い騎士として一ケ月が経過したばかりのころに、退団を言い渡されたのである。


「お前には才能がない。既に同じ移住者の見習い騎士は、魔法を修得しているぞ。それにどうして移住者に門戸を開いていると思う?」

「そんなことを言われても、俺には分かりません……」


 ノアの言葉を聞き、騎士団長マグナ・フォリスが大きな溜息を吐いている。

 ちなみに、騎士団長とは首都エレフィアだけでなく、全ての領土に存在する騎士団を統括している総責任者だ。その総責任者に呼ばれ、退団しろと言われて納得するわけにはいかない。

 移住したばかりで生活がかかっていることや、大切な守らなければならない妹がいるからだ。


「そこだ。それがお前の限界だ。移住者に門戸を開いているのは、数多の地域に生まれ、生きて身に付けた技術を騎士団に取り入れるためだ。それなのに、お前には何もない。技術がない、空っぽな存在だ」


 確かに俺には何もない。

 妹のステラと共に生きるためにテネア王国に来たにすぎない。生まれた瞬間から親に捨てられ、ただ生きることしか考えてこなかった。

 だから技術など何もない。テネア騎士団が移民を騎士にしてくれると聞いたから頑張ろうとしたのに、その矢先にこれか。


「確かに何もないですが、これから身に付けて頑張りますから!」

「そういうのはいらない。何も持たない者は即刻出ていけ。荷物はないだろう?」

「まだ賃金をいただいていないので、何もないです」


 給料すらもらえていないし、出すのを渋っているのも気に食わない。

 これがテネア騎士団の現状なのか。聞いていた話とは違うし、最悪な国じゃないか。こんな国に希望を抱いて、ステラと暮らそうと考えていたなんて馬鹿みたいだ。


「その腰に差している剣は選別でくれてやる。給料替わりとでも思っておくといい」

「分かりました……短い間でしたがお世話になりました……」


 悔しいが騎士団長に退団しろと言われたら逆らえない。

 踵を返して部屋から出ていく際に小さな声で「使えない道具だ」と呟く声が聞こえた。とことん最悪な騎士団だ。こんなところで頑張ろうとしていた自分を責めたくなると、心の中で文句を言いながらテネア騎士団を後にした。


「ステラにどう説明をしたらいいんだろう……」


 肩を落としながら、二人で暮らしている家にとりあえず帰ることにした。


「もっと胸を張って帰って来れたら、よかったんだけどな」


 溜息をつきながら、移住者のために用意された寮に辿り着いた。

 そこは放置された古い建物を補強した、地上三階建てのアパートだ。補強といっても簡易的であり、ただ住めるようにしただけという意図がすぐに分かるほど粗末すぎる。しかし移住した身なので、文句は言えない。

 住めるだけよかったと思うしかない状態で我慢していたが、もうどうでもいい。


「ここを出てどこに行こうか。またステラに無理をさせちゃうけど、謝れば許してくれるかなー」


 肩を落としながら今にも壊れそうな扉を開け、中に入る。

 玄関口を進み、突き当りを左に移動する。するとノアと表札が付けられている木製のドアが左側にある。今にも壊れそうな、ボロボロの扉の先がステラと暮らす部屋だ。


「ただいまー」

「おかえりー。今日は早かったんだね!」


 パタパタと音を立てながら駆け寄ってくるステラ。

 綺麗な肩にかかる黒髪を左右に振りながら、黒曜石のような瞳で真っ直ぐ見てくる。兄である我ながらとても可愛いと感じる妹だ。

 目鼻立ちが整い、愛嬌のある顔をしている。たまに十四歳とは思えない大人びた表情をするのもポイントの一つだ。


「あー、とても言いにくいんだけど……騎士団を解雇になった」

「ん? 何て言ったの? ごめんね、聞こえなかった」

「えっと、何も技術を持たない人間はいらないから、退団だと言われました」


 その言葉を発した瞬間、服を握り締めたステラ。

 明らかに怒っている。そう思えるほどに威圧感を放っているのを感じた。


「乗り込んでいい?」

「いやいや、駄目だよ! 何されるか分からないから、行っちゃ駄目だから!」


 鼻息を荒くしているステラの肩を掴むが、怒りは収まらないようだ。


「勝手に移住者を募っておきながら、勝手に退団だなんてこれが天下のテネア騎士団だとは騙されたわ!」

「お、落ち着いて!」

「落ち着いていられないわ! お兄ちゃんはいいの!? 悔しくないの!?」


 まさか俺より怒るだなんて思わなかった。

 確かにステラの言う通りだけど、もう退団処分になったのだから諦めるしかない。テネア王国から出て、どこに行くか決めるのが先決だ。


「とりあえず荷物を纏めよ。早くしないと追い出されちゃうからさ」

「むー。お兄ちゃんが言うならいいけど、いずれ痛い目に合わせたいくらいよ」

「落ち着いて。もう無関係なんだからさ、この国が最低だと分かっただけいいさ」


 そう言いながら二人は少ない荷物を纏めていく。

 まだ住んで一か月程度ということもあり、殆ど荷物はない。服は数着、家財道具はほぼない。ある意味、寝に帰ってくる家でしかなかったからだ。


「ステラは仕事してたよな?」

「大衆食堂で働いてたけど、もう無理だから辞めてくるわ。結構好きだったから言いにくいけどね」

「ごめんな。次はちゃんとした場所で働くからさ」

「期待してないけど、期待しとくねー」


 辛辣な言葉を浴びせられるが仕方ない。

 迷惑ばかりかけているから、ゆっくり暮らせる場所に行かないと駄目だ。そういえば、テネア王国から東に行った辺境地域に栄えている場所があるって聞いたな。そこに行けば何か変わるかもしれない。

 ノアは以前に聞いたことがあったテネア王国の領土端に位置をする辺境都市のことを思い出していた。


「確か名前は辺境都市オーレリアだっけか。様々な国から放浪者が集まる都市だって聞いたけど、そこなら俺達ももしかしたら……」


 僅かな希望でもいい。

 少しでもステラが笑顔で生きれる場所ならば、どこでもいい。

 そのための苦労ならいくらでも受ける覚悟はある。だからどうか――小さな幸せでもいいから授けてください。


「お兄ちゃんまだー? 私は準備終わってるよー」

「あ、ごめん。俺もできてるから行こう」


 一人ずつ小さなリュックサックを背負いテネア王国から出ていく。

 希望を打ち砕かれたノアは未来に希望が持てずにいるが、ステラは違う。駄目なら次、また駄目なら次へと前向きに考えている。その姿勢に勇気づけられ、今この瞬間も踏ん張っている状況だ。


「ほら、お兄ちゃん早くー。新しい場所でまた頑張ろう!」

「そうだな。少しでも前を向いて進もう」


 隣を歩くステラの無邪気な笑顔をしている。

 仕事や暮らしのことはノアだけが考えればいい。しかし、行ったことがない辺境都市オーレリアでの仕事や暮らしのことを考えると頭痛がしていたことは秘密にしておこう。

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