第7話 過ぎた過去の因縁でさえも
手記。ヴァルツの王族のみが存在をしる魔女が存在していた記録。ふと頭をよぎったそれに、このような魔法が記されていると考えると身の毛がよだつ。
「しかし、まあ雑な魔法陣だ。かつての王も試したことがあったが、もっと綺麗に上手くやれていたと思うが……あの男が余計な手を加えたことでこのような陣になったのだろうな」
崩れた地面からはもう、魔法陣の跡形すら見受けられない。
人間ではなしえない荒事に、兵士たちは足早に逃げていった。
「貴様ァ……やはり魔女かッ!」
玉座の横で、リーディッヒがテラを睨んだ。
目は血走り、鬼のような顔をしている。
「ああ、私は魔女だ。覚えがないか? 私はお前のことをよく覚えておるぞ?」
「はァ? 何を言って――!」
テラはまっすぐにリーディッヒを見返す。
彼女がヴァルツを訪れたことがあるのは、かなり昔の話であり、先々代の王の時代から執政官として働き始めたリーディッヒとは面識がないと考えていたジルバートは、にらみ合う二人を交互に見る。
「はッ! はははははッ! わかりましたよォ! その目つき! 私が下した街の村娘ですねェ! 生き埋めにする際にその目で睨んできやがったあの小生意気なッ!」
わずかな間をおき、リーディッヒは高笑いをする。悪魔のような笑い声だ。出会ってからの期間が短いジルバートには、テラの顔に本当の嫌悪が現れているのがわかった。
それと同時に、疑問が浮かぶ。
大地の魔女であるテラは、長い時を生きている。森の中でひとり静かに。
なのに、リーディッヒの言葉を聞く限りではテラが街で暮らしていた人であること、そして生き埋めにされたこと、それにリーディッヒと面識があることを意味している。
ジルバートが持っている情報と食い違っている言葉に、思考の整理が追い付かない。
「そうだ。私はお前に殺された。だが、こうして魔女としてここにいるのは、お前を殺すためなんだろうなぁ」
「一度殺されておきながら、魔女になるなんてとんだ執着質な娘ですねェ。いいでしょう、もう一度殺してあげましょウ」
テラが再び地面を蹴るよりも先に、リーディッヒが手をうつ方が早かった。
リーディッヒの手は腰元の銃をとって、ジルバートに向けて弾が放たれていた。ただの弾丸ではない。撃ったのは一発であるはずなのに、目の前には無数の弾丸が広がっている。
逃げ道なんてない。
武器なんて握ったことすらないジルバートに戦闘ができるわけない。
「兄さんっ……」
死を覚悟し目をつむる。しかし、いくら経っても痛みは襲ってこなかった。
おそるおそる目を開けてみれば、ジルバートを守るように弾丸を体で受け止めたテラが血まみれで何とか立っていた。
「おい……とっとと逃げるのなら逃げるんだ。私とて、何度も弾を受けていられぬ……」
「嘘……テラさんっ!」
足元には血だまりを作り、そこへ膝をつくテラに寄り添う。足、体、手。あちこちに傷ができて血が流れ出ている。
「うるさい。あまり騒ぐでない……」
意識はある。今なら治療すればテラは助けられる。テラを連れて城を離れなければ。頭でやることはわかっていても、あふれる血が死を呼んでいるようで恐怖から動くことができない。
「ざまあないですねェ! 魔女と言えど、肉体の土台は人間。あと何回撃てば死ぬのでしょうかねェ!」
リーディッヒは銃口を再びテラに向ける。それを睨み返す彼女に、動けるほどの力は残っていない。
「二度目の死を与えられるなんて、光栄ですねェ」
銃口に光が集まっていく。それに時間がかかるからか、すぐに撃たれることはなかった。
「テラさん、僕のせいで……」
「うる、さい。自分のせいだと思うのであれば、動け。さもなければ、お前も……兄も、民も死ぬぞ」
「っ……それは駄目です……! でも、テラさんが……」
「このまま撃たれ続けたら終わるのは確かだ。だが、私には動けるほどの力を得るには時間がかかる。だから、お前が行け」
「でも僕は離れたら死んじゃうんじゃ……」
一度は生死を彷徨ったジルバート。テラから離れれば、命を繋いでいる魔力が途切れて死んでしまう。一人で逃げることも、テラを助けて動くこともできない彼に、何ができるか。わかっているのはテラのみだ。
「情けない声を出すでない。今から私はお前に流れている魔力の量を増やす。それであの男を潰せ」
「そんなこと言われても――」
わからない。できっこない。
ジルバートが否定する前に、テラの目が光る。
「できるできないじゃない。やるしかないのだから」
「っ! がっ……! ああああああ!」
ジルバートの言葉を聞かずに、テラは自分の体を通してジルバートへ流れている魔力を増大させた。
先ほどまで狼狽する様子しか見せなかったジルバートの顔がゆがみ、苦しみもがきだす。
頭を押さえ、何度も唸る。
「何かしましたねェ? まあ、関係ありませんが。それでは、サヨウナラ――」
「がああああ!」
「うぐっ!」
引き金に指をかけてひこうとしたリーディッヒだが、一瞬にして目の前にジルバートが現れて銃を持つ手を下から蹴り飛ばされた。
あっという間の出来事に銃は離れたところに落ちる。
「フーッ……」
銀色の髪から覗く瞳の色が真っ赤に染まっていた。肩で息をしながらも、敵とみなしたリーディッヒから目を離さない。
戦いはしたことがないジルバートの体に流れ込む魔力が、体の使い方を教えてくれている。武器を落としたリーディッヒへ、次なる攻撃をくりだすために右足を引いたとき。
「ひひッ。その力は貴方のものではないですねェ……大方あの女が関わっているのでしょうガ。面倒なことは違いない、消し去るのみですッ!」
リーディッヒの左手は、玉座にいた王・アルバートの髪を掴んで無理やり立ち上がらせた。
抵抗もしない彼は、覚醒したジルバートの前に立たされてリーディッヒとの間に作られた壁になる。
まともな会話ができる状態ではないジルバートでも、兄が目の前にいることはわかっていた。だからこそ、一瞬だけ行動が遅れた。
「ざまあないですねェ」
リーディッヒは隠し持っていたもう一つの銃をアルバートの背に強く押しあてたまま撃ち、アルバートの体を通過した弾がジルバートの腹部を貫通した。
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