第6話 力の差は圧倒的であったとしても


「待ってください! テラさん! もういいですから!」



 男の腕をつかんでいたテラの手にしがみついた。今まで後ろで縮こまっていた存在が急に目の前に入ってきて叫んだことで、テラは目を丸くする。



「もう、大丈夫ですから……テラさんは手を汚さないで」



 お願いだから、という声にテラはふっと手を離した。



「やれやれ……人とは本当に理解できない。敵する者をどうして助けようとするのだか」



 手のひらを上に向けて首を横に振ったテラ。男への敵意はもうないようだ。



「命拾いしたな」


「テラさん……ありがとうございます」



 檻から離れる彼女に礼を伝えるが、あまり聞いていないようである。

 そのままテラは港を離れて街の奥へと足を進めたときだった。



「いたぞ! 魔女と一緒だ! 捕まえろ!」



 先ほどまでは人がいなくなっていたが、誰かが通報したのだろう。鎧を光らせ、刃を二人に向ける兵たちが行く手を阻んだ。

 装備からして、ヴァルツの兵士であることは明らかだ。兵士が王子であるジルバートの存在を知らないわけがない。わかっていて、剣先を向けている。



「国を売った王子、ジルバート……貴方様には反逆罪があります。他にも先代王の暗殺に関わった罪、現王への暴力罪。他にも罪が多数……御投降、していただけますか?」



 最も装備が凛々しい兵士が言った。

 ありもしない罪であることを知っているテラが反論しようと一歩前に出たが、それよりも先にジルバートが出た。



「ありもしない罪です……ですが、僕がここで投降せねばきっと兄の命が危ういのでしょう」


「よくご存じで。我らは無抵抗の者を傷付けるようなことはしません。どうか、我々のあとをついてきていただけたら」



 敵を捕らえようとしている立場でありながら、ジルバートへ頭を下げた兵士。ジルバートの対応も怯えたものではなく、どこか意思の強さが感じられる。



「わかりました。テラさん、勝手なことを言ってすみません。これでもいいでしょうか?」


「かまわん。お前だけが行くのは無理があるし」


「ありがとうございます」



 同意を得て、二人は多数の兵士に囲まれながら港をあとにする。すっかり忘れられ閉じ込められた男は、その背中を見送ってから、出られないことを思い出して涙を流した。



 ☆



 国の入口となる門の近くまでやってくると、門兵が待ち受けていた。固い鎧を光らせて、腰元に携えた剣が存在を主張する。

 侵入を許さないという姿勢が伝わる。

 話がすでに通っているのか、兵に囲まれつつも城内部へ入ることを許され、ジルバートにとっては久方ぶりの帰宅を果たした。


 生まれ育った場所なのに、留まる空気が依然と全く異なったものになっているように感じ、ごくりと唾をのむ。

 もっと温かい空気で満ちていたはずなのに。冷たく凍るような空気がジルバートの背筋を凍らせる。



「これはまた面倒なことをやっているなぁ」



 歩きながらテラはつぶやいていた。

 そうして二人が連れられて歩いた先は、地下牢ではなく、王がいる間だった。

 玉座に座っているのは、現王であり、ジルバートの兄・アルバート。ジルバートと同じく銀色の髪を持つ青年だった。二人の違いと言えば、わずかな年齢差から生まれる大人らしい顔つき。それに光を持たない虚ろな瞳。



「兄さん!」



 呼びかけるも反応はない。まるで壊れた人形のようにただ座っているだけだ。



「あれが兄か」


「はい。僕がここにいた頃はここまででは……きっと何かされたんだ。父上もああやって声をかけても反応しなくなってしまったんです」


「ほう」



 アルバートの様子を見てテラは目を細める。

 虚ろな王のもとに、ゆっくりと近寄る不気味な人物がいた。



「おや? やっと見つかったのですねェ、大罪人が。それに余計な虫もついてきたようですがまあ、いいでしょう」



 そう言って玉座に寄りかかった人物――執政官・リーディッヒだ。地位を示すかのように華美な服を着ているこの男。ジルバートにとって、憎むべき相手と認識している。そんな男は、へらへらしながら動かない王の頭に自らの手を置いた。



「兄さんに触るな!」



 嫌いな相手に好きな人が触られるなんて見たくもない。殴りかかりそうな勢いで叫び、リーディッヒとの距離を狭めようとした。しかし、その前には兵士が壁となって立ちはだかる。



「クソッ……退いてください! あいつから兄さんを離さないと!」


「おやめください。貴方様の立場は今、罪人なのですから……」


「チッ!」



 大きな舌打ちを聞いて、テラは「お前も怒るんだな」と小さくつぶやいた。



「うるさい蠅ですねェ。アルバート王、国を売った大罪人には処刑が妥当かと。それに手を貸すその女も同罪ですよねェ?」


「……」


「ご判断を、アルバート王」



 リーディッヒの言葉を聞いたアルバートは、光のない目を二人に向けた。声は聞こえないものの、何か口を動かしており、それをリーディッヒが耳を近づけ聞き取るようにも見える。



「決まりましたッ! 王は大罪人ジルバートの死刑を命じましたッ!」



 両手を大きく広げて宣言すると、ジルバートたちの足元がまばゆい光りを放ち始める。光は無秩序に放たれているのではなく、円を辿り、何かの文字が浮かんでいた。

 しかし、目をくらますほどの光。ジルバートだけでなく、兵士たちも思わず腕で顔を覆う。



「やはりそうであろうな。このような陣で私を捉えられると思わぬことよぞ」


「テラさん!?」


「ふっ!」



 テラだけは違った。光から目を背けず、まっすぐにリーディッヒを見ては力強く地面を蹴りこむ。

 魔女と言えど見た目は成人女性にしか見えないのだが、その蹴りで光る地面は砕け、城の床が割れて凹凸が目立つ無残な床へと変貌する。だが、それのおかげで光は止まり、ただの床へと戻った。



「光が止まった……?」


「ああ。これはあの男が作った魔法陣のようだ。私に壊されるほどの未完成のものだが」


「魔法って……だって、リーディッヒは魔女じゃないんですよ! 魔法なんてできるわけが」


「できるさ。私の言動を残した手記を見れば。多少の才能は必要になるがな」




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