第5話 捨てないといけないのは恐れ


 歩き続けた時間は一夜どころではない。徒歩では海を渡るのに一週間かかった。その間に食事は一切ない。しかし、ジルバートに空腹感や疲労感はない。テラの魔法により、体力も気力も常に回復していたのだ。

 大地の魔法とはこれほどのものなのかと、ジルバートは実感していた。


 そうしてやっとたどり着いたヴァルツ国。太陽が真上に上ったときだった。

 島国なだけあって、港がすぐ見えた。漁船や観光船など多く泊まっており、どうやら賑わいがあるようだ。


 テラが作る道は、迷うことなく港へと続いた。

 船でしか渡れない海を歩いてやって来た二人に対し、港にいた人たちは驚きを隠せない。なんだなんだと人が集まっていき、二人がヴァルツ国に足を着けた頃には、行く先を塞ぐほどの人だかりとなってしまった。



「海の上を歩いてきたぞ? どういうことだ?」



 ざわざわとそんな声が入り交じる。

 それが騒音に聞こえてしまうテラは、行く先を塞がれているので、腕を組んで睨み付けるように集団を見るほど、彼女は不満が態度に現れる。



「おい。あれって……まさか裏切りの王子じゃないか!?」



 テラの後ろに隠れるようにいたが、すぐに見つかってしまい、ジルバートは身を縮こませる。

 まさか自国で『裏切り者』扱いをされていたとはつゆ知らず、その言葉が心に深く突き刺さっていた。

 目を逸らし、身を隠せる場所はないか探すもあるわけがなく、情けない姿をさらしている。そのことに気付いているが、どうにもできずジルバートは唇を嚙んだ。



「さあ、裏切りはいったいどちらだ。私がここへ来たからには、真相を表に立たせてやろうではないか」



 そう言い切ってみせたテラは、顎を少しあげる。すると、先ほど裏切りと発言した男が立つ地面がガタガタと音を立てた。歩きやすいよう舗装された足元が、ひび割れ始めるとみるみるうちに、地面は男の背を超えて盛り上がり、男を閉じ込める檻を作り出す。初めて見る出来事に、男は逃げることはできず、あっという間に閉じ込められてしまった。


 地面が動いて檻になる。人間にはできない技。このようなことができるのは魔女しかいない。公伝される恐怖の対象が目の前に突如として現れ、力を見せつけている。ことの終始を見ていた他の人たちは、悲鳴をあげながら散り散りに逃げていく。


 次は自分かもしれない。魔女に殺される。

 大人も子供も。テラに近づく者はいない。閉じ込められた男以外、誰もいなくなり静かになった港。最初の活気は消え去ったこの状況を慣れているからか、彼女は目を細めて笑うのみ。



「結構結構。これで人払いになるし、こやつからどんな手を使ってでも情報を吐かせることもできて、見られる心配もない。我ながら上手くやれたものだ。なあ?」



 同意を求めるようにジルバートへ目をやる。冷たい目に貫かれて、ジルバートは全身を冷たい血が巡っていくように感じていた。同時に自分もテラに殺されるのではないかという不安が頭をよぎる。



「どうした? 私が怖いか?」


「い、いえ……いや、そうです……」



 心の中を見透かされたように言い当てられてしまった。テラに助けを求めたのは自分なのに、相手を恐れてしまったことを恥じては、自己嫌悪に陥る。


 幼い頃から何をしても兄に負け、父から見放され、剤文では何もできないと思っていた矢先、今回だけは自分の意思で動いたらこのざま。自分を変えなくてはいけないのに、結局他人だより。何もできない、変われていない。これでは人を助けることすらできやしないだろう。そう考えてしまい、口をつぐむ。



「私の前で嘘をつく必要はない。人は無力だ。子供のお前なら尚更。恥じる必要も悔やむ必要もない。これから先の未来で、お前だけの武器を身につけて使えるようになればよかろう?」


「そう、ですね……」



 心に響いた様子はなく、ジルバートは静かにうなずき返した。



「さて。捉えられた惨めな人間よ。お前はこの国のことを知っておるだろう?」


「は、はあっ!? だから何なんだよ、俺をここから出せ!」



 ゆっくりと檻に近づき男に声をかけたテラ。恐怖を隠しながら叫ぶ男にかける言葉は冷ややかな言葉を送っていく。



「そこから出たければ、私の問に対し、素直に正確な答えをするのみだ。私をごまかそうとするなよ? 嘘だとわかれば貴様の命はないと思え」


「んな、答えるわけないだろ! 魔女に従えば殺される!」


「誰が殺すのだ?」


「んなの執政官に決まっ――」



 しまった、というように男は途中で口を押えた。



「執政官に覚えはあるか?」


「……はい。執政官のリーディッヒは先々代の王の頃からヴァルツに仕えていた者です。それゆえ先代、いえ父も信用しておりました。だけど、彼はいつだって王の首を狙っていたと思います」


「ほう。だから国に仕える者が国民を殺すとな? いつからヴァルツはそんなに物騒になってきたというのだ?」



 なあ、と男に迫る。



「ひっ! そもそも、その裏切り者のせいだからな! お前がヴァルツを売ったから王が死んだんだろ! おかげで国も政治もグダグダだ! それを立て直そうとしている執政官に逆らったら……殺されるんだよ! お前と共謀してるんだってな!」



 檻の中から強く腕を出して指さされたジルバートは、まるで射抜かれたかのように体がぐらついた。

 男の言うことが全て真実というわけではない。ヴァルツを売ったわけでもないし、裏切ったわけでもない。しかし、ジルバートを取り巻く状況がどんなものなのかを国民は知らない。知らされるわけがない。



「黙れ。その腕、へし折るぞ?」



 ジルバートを指す手を、テラは強くつかんで引く。手だけを引かれたために、男の体は檻にぶつかった。



「ひいっ! ま、魔女めっ!」


「ああ、私は魔女だ。お前ら人間が魔女にした仕打ちに比べれば、こんな腕をへし折るぐらい大したことないよなぁ? 一本折ったところで、もう一本あるんだ。代わりがあるなら、無くなってもいいだろう?」


「ぐっ! あああああ!」



 テラが力をこめると男が悲鳴を上げる。このままでは本当にテラは行動に移すと感じたジルバートは動いた。


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