第4話 前と後ろと試練と気持ち
「さて。お前には試練がある」
歩き続けたのち、森を抜けた。そして足を止めたのは、大きな海が広がっており、道がなくなったからだった。
水平線のその先にかすかにヴァルツの国が見える。そこへたどり着くには海を越えなければならないものの、あたりには人気もなければ渡る船もない。港もなく、空を飛ぶ道具もありはしない。広がっているのは青い海と白い砂浜。人の手が一切加えられていないと感じる光景。それを前にして、いかにして海を越えるというのか。頭が真っ白になったジルバートは、テラを見る。
「何でも私に頼るな」
「ええ……」
腕を組んで自分で考えろと見せつけられる。人に頼ってばかりで情けない気持ちになり、ジルバートは下唇を強く噛んだ。
今は地位もないただの子供である自分がどうやって海を越えるのか。
泳いで渡るには距離がありすぎる。それに泳ぎが得意ではない。
船を探しても、きっとこの場所の近くにはないだろう。なら船を作るしかない。材料なら後ろに森があるから、十分集められる。しかし、海を渡れるほどの丈夫さを持ったものが作れるのか。造船の知識が不十分の自分にできるのか。
ジルバートはひたすら考えたが、どの方法も現実的ではない。
「時間切れだ。答えはでたか?」
「っ! ほ、方法は考えました。泳ぐ、船を探す、作る……どれもできそうになかったんです」
「まあ、人の子にしては一般的な方法だな。確かにどれも時間も労力も力もないお前にとっては、難しいだろうな。なら、諦めるか?」
長い睫毛の間から瞳を凝らし、テラは問う。
ここで諦めるわけにはいかない。ジルバートは頑固に首を振った。
「僕は絶対国に戻るんです! 兄さんを……みんなを助けないといけないんです!」
声を荒げて言う。それを受けて、テラはジッとジルバートを見つめたのち、ふうと息を吐く。
「今回はお前に免じて、手を貸してやろう。大地の魔女たる所以、見せてやるぞ」
そう言ってテラは両手を横に大きく広げる。すると、深いところから体をつくような地響きが足を伝ってきた。それはどんどん大きくなっていき、立つこともままならないほどの揺れに変わると、ジルバートは膝を地につけた。
対照的にテラは揺るがなく立ち続け、両の手を前へ突き出す。
「わぁ……道……!」
海が割れるように、海底から道が浮き上がり始める。ザッと水が落ち、沈んでいた大地が露わになる。五メートルほどのゆとりある幅をもった道はまっすぐと伸びており、どうやらヴァルツ国につながっているようにも見える。
「こんなものだろう。どうだ? これが魔法だ」
「すごいです! 魔法でこんなふうに道を作ることができるんですね! 本当にすごい……!」
目を輝かせるジルバート。それを見てテラは鼻孔を広げて得意げな顔を浮かべる。
「行くぞ! 私に続け!」
「了解です!」
二人は海底から現れた道を歩き始める。ヴァルツまではかなりの距離があるものの、国に帰ることができるという期待感から、ジルバートの足取りは軽かった。
☆
一面の星空の元を二人は歩いた。
間の会話はたわいもないもの。と言っても、自分のことを多く語らないテラへ、ジルバートが家族自慢を延々としていた。
騒がしいことが嫌いなテラであったが、会話がないよりは気分的によかったのか、右から左へ聞き流してはいたが、会話を止めることはなかった。
「僕、兄さんを助けられるんでしょうか……」
さっきまで明るかった声が一転、トーンを落とした。
話しているうちに、家族が恋しくなったのだろうと察したテラは彼を励ますような言葉を送ろうとはせず、ただただ聞く側に徹する。
「僕にはテラさんみたいな力があるわけでもない。世間も知らないような、ただの子供……そんな僕にできることなんてたかが知れてるし……」
ヴァルツ国が近づくにつれて、不安が大きくなっているようだった。弱弱しい声になって行き、目線が下へ下へと下がっている。それでもジルバートの足は止めない。
「父さん、僕には兄さんの手伝いもできないよ……」
「ええい! ジメジメジメジメうるさい! お前はキノコか!」
「ひっ!」
テラが怒ると、怯えつつも静かになる。
「お前は国を守ろうとしているのだろう? そう思って行動した時点で、ただただ眺めているだけの人とは異なっている。力がなければ、力があるものを頼ればいい。知識がなければ、知識があるものを頼ればいい。まだお前は若い。これから年月を経て、大人になったときに頼られる側になるよう努めればよかろう! いちいち、気にしすぎなんだよ、お前は」
テラなりの言葉が、ジルバートの心に刺さったようで、目を丸くし、動きが止まる。数秒ほど沈黙が続き、言葉をしっかりとかみ砕いて受け止めたジルバートは、先ほどまでの暗い目から前を向く強い意思を秘めた目へ変貌する。
「わかったなら、歩みを止めるな。お前は成し遂げたいのだろう?」
「はいっ! 取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
気持ちを切り替えて進む。国に何が起きていようが、ジルバートはあるべき国に戻すために前を向くのだった。
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