第2話 銀髪の王族


「何故……それは他に方法がわからなかったからとしか……」



 ジルバートはおそるおそる言う。

 少し前のことを思い返してみても、自分なりにどうしたらいいかわからなかった。



「何の方法だ?」


「その……国を守る方法が」



 ジルバートは強く拳を握る。



「国? 国など王が守るものだろう? 子のお前がまず先に考えることではなかろう?」


「いえ、僕がやらないと……僕じゃないと駄目なんです。もう、僕しかいないからっ! なのにっ!」



 段々と声を大きくしてしまい、ハッとして口を閉じる。それに対して咎めることなく「続けなさい」とテラは促した。



「先代の王は。父は死にました。そして、兄が王の座に。二人の王を僕は傍で見てきたんですけど、どうしても様子が変なのです! まるで何かに取り憑かれたように変わってしまった……原因を調べようとしたら、国から追い出されて。いつの間にか海を越えて、このユーストミリ国に送られたようです」


「……ほう」



 テラは少年の様子を伺う。王族の子供が焦るほどに、ヴァルツ国に問題が起きていると予測した。だが、あくまでもそれは人間の間で起きた問題。人と異なることわりで生きる魔女のテラには無関係である。



「僕が痛みを感じた時にはユーストミリ国の港町で、兵士に担がれていたところでした。何が僕に起きたのかわからなくて。でも、敵国であることはわかったので、逃げて逃げて。この森のことも知っていたので、ここなら見つかりにくいと思って……」



 唇を噛み締めた。

 ここまでの話を聞いて、テラは同情を見せることはない。あまりにも人間は面倒な生き物だ、程度にしか考えておらず、それが頬杖をつくという行動に出ていた。



「大方、権力争いの面においても厄介だからとお前は追い出されたのだろう? 不完全な魔法で仮死状態にされてな」


「魔法……ですか? しかし、我が国に魔女は……」



 魔女は存在していることについては、ほとんどの人間が知っている。しかし、その居場所ははっきりしていないことが多い。王族であるジルバートは、自国に魔女がいないことは知っていた。もし、自国にいるならば噂話のひとつやふたつ耳に入るからだ。

 生まれてこの方国から出た事のないジルバートの耳に入っていない。



「ああ、確かにヴァルツには今、魔女はいないだろう。だが、かつて存在した魔女の記録がある。あれには魔法について書かれているからな。それを利用したのではないか?」


「! 何故それをご存知なのですか? あれは王族のみが知るもののはず。どうして大地の魔女がそれを……」




 ジルバートは秘匿情報を知っているテラに驚きを隠せない。

 ヴァルツ国の長い歴史の中で、たったの五年。魔女が滞在していた期間があった。魔女にとっての五年はほんの一瞬。気まぐれに人間の手をとった魔女。彼女との記録を当時のヴァルツの王が本に書き残したのだ。

 たわいのない会話。魔法の使い方。魔法でできること、できないこと

 魔女の姿までも細かく書き記していた。だが、その本の存在をジルバートは知っているが、内容をについて知るのは王のみ。厳重に保管されていることを父から聞いていたぐらいであり、どこにあるかも知らなかった。

 なのに、テラは本の存在も内容も知っているかのように話すのだった。



「何故何故と耳障りな。それくらい貧相な頭で自分で考えるのだな」



 静寂を好むテラは、久しぶりの会話に疲れた様子で立ち上がる。そしてカツカツとヒールを鳴らしながら部屋を出る。

 残されたジルバートは、その背中を見送った。




 テラの家は森の奥深く。決して森に迷い込んだ人間が、ふらりと訪れることが出来るような場所ではない。なぜならここは、迷いの森ともいわれるほど深く、入り組んでいて、暗い。人を遠ざけるために、魔法で障害を作って人払いをしていたのだが、今、テラの集中がジルバートに向いている間に、どうやらその魔法が途切れてしまっていたらしい。

 明るくなってしまった森を迷わず進んだようで、テラの家の前には人がゾロゾロと集まっていた。


「やれ、煩いぞ。何用だ?」


 部屋を出てからそのまま家の外に出たテラは、その人らの前に堂々と姿を見せた。

 集まっていた人は、一般人ではなく、鎧を身につけ盾や剣を身につけた兵士たち。魔女の前に武装して立つなど、戦争を宣言しに来たと受け取られても仕方ない。

 どれだけの一般兵士が束になろうとも、一人の魔女に勝つことは不可能。魔女狩りができる人間がいなければ、これだけの人数ならば一瞬で屍にされるだろう。

 それをわかっていながらもやってきたというこは、テラに戦いを挑みにきているわけではないのだと、テラは察した。


「我らユーストミリ国の使いである。単刀直入に問う!」



 声を大にして、一番装備が重そうな兵士が口を開いた。

 その声は、鳥のさえずりが聞こえるほどの静寂な森を一気に駆け巡る。遠くでは鳥が羽ばたく音がした。



「ええい、煩い。声を落とせ。さもなければその首、落とすぞ?」



 決してテラの言葉は冗談ではない。貫くような鋭い目を兵士に向ければ、ぐっと一度口をつぐむ。二度目はないと、兵士は叫ぶのをやめ、声を落として話す。



「失礼した……改めて問う。大地の魔女テラよ、汝の所に子供はおらぬか?」


「子供?」


「左様。銀髪の子供だ。見かけてはいないか?」



 そうそう銀髪の子供はいない。それ故、兵士の探し人がジルバートであることはすぐにわかる。

 ここにいる。そう伝えれば、兵士はジルバートを連れ帰り、せっかく癒えつつある傷を抉るだろう。それでは、テラの魔法の意味がない。魔法も労力なしに使えるものではない。骨折り損になるのは不愉快である。

 それに、匿った理由を煩く聞かれるだろう。恐れる存在である魔女であるからと言って、その点においてはしっかり追求するのが国である。


 かと言って、いないと言えば兵士は森を騒がしく踏み荒らす。森の先には海しかないのだから、絶対に森の中にジルバートはいるからと血眼になって探すはず。それではテラの求める静かな生活は当分やってこない。


 どっちの選択をしても、面倒なことになるのはわかっている。その上でテラが出した答えは――。



「子なら、北の方へ走って行ったぞ」


「何!? それは本当か?」


「ああ。大地がそう伝えてくる。違いない」


「承知した! おい! 北だ!」



 顔色一つ変えずに、サラリと言う。大地の魔女なだけあって、テラは大地からの情報を得られる。それを知っている兵士は、テラの言葉を信じ、集団で北へと経った。

 どんどん離れていく兵士を大地から感じ取りながら、テラは「ふぅ」と腕を組んで息を吐く。



「あの……どうして僕を突き出さなかったのですか?」


「ん? 何だ聞いてたのか」



 ギイッと少しだけ扉を開けて顔を覗かせたのはジルバート。眉をハの字にして聞く。



「僕……」



 自分のことを責めるように、肩を小さくし、消えそうな声を絞り出す。風の音でかき消えそうなほどの声だった。

 テラは全く聞き逃すことはない。ジルバートを黄金の瞳で見返せば、蛇二睨まれたかのようにビクッとジルバートは動かなくなる。怖がらせるつもりはなかったテラは、優しく伝える。



「子供が心配するようなことは何もない。私は嘘は言っていないのだから」


「え?」



 どういうこと? と言わんばかりに首をかしげる。



「言葉のあやだ。兵はを探していると言った。誰もとは言っていない。だから私は、銀の毛並みを持つ狼のことを伝えたまで。実際、最近子が生まれたようであったからな」



 ジルバートは嘘だろと、引き気味だった。



「さて。兵はしばらく北へと向かうだろうから、我らはこのまま南のヴァルツへと向かうか」


「え? 我らって……」


「うむ? 帰るのだろう? ヴァルツへ。それとも一人で帰れるのか?」


「いや……でも、大地の魔女さんのご迷惑に……」



 育ちのいいジルバートは、人をよく見てきた。顔色をうかがい、好かれる努力をしてきたつもりだ。迷惑をかけないで生きるために必要な行動はなにかを理解している。

 何か頼んで快く受け入れてくれそうなときは、どんな表情をしているのか。逆に絶対断りたいときはどうか。

 都合が悪いのか、それとも体調が悪いのか。はたまた自分のことが嫌いだからなのか。

 細かく観察していたから、顔を見れば予測がつくと思っていた。

 しかし、顔色を全く変えないテラからは何も読めない。


 ただでさえ助けてもらった身。これ以上、迷惑をかけてはならないという思いが言葉に込められていた。



「まあ、手間はかかるが……魔法を勝手に使われる状況を放置しては、人の理から外れてしまう。私が止めねば。それに……」


「それに?」


「お前、あまり長距離を私と離れると死ぬぞ?」


「へ?」



 突然出てきた「死」という言葉に、ジルバートは変な声を出した。

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