第34話  心の中で


「ねえねえ。見て、これ」


 放課後、うちに遊びに来たナナセが雑誌を差し出した。

 NIGHT&DAYのライブ特集記事のページだ。


 そのステージ写真のページの端っこに、想太と琉生くんが写っている。

 メンバーが歌いながらステージを移動するとき、バックについている研修生とすれ違う。そのときに、そばいたメンバーが近くで踊る想太と琉生くん、2人の頭をなでている写真だ。2人の元気いっぱいの笑顔の写真の横に“可愛い弟たち”みたいな言葉が添えられている。

 小さな写真だけど、2人の可愛らしさ、カッコよさが十分伝わる。近くの客席から歓声が上がり、メインステージ上の大きいモニターにも一瞬2人の顔が大きく映ったらしい。

 2人が、『可愛い~!』の大歓声を浴びていた、なんてことも記事には書かれている。

 

「なんかどんどん……」

 ナナセがつぶやく。

「……そうだね」

 SNS上でも、『あの子たちは、誰?』 と話題にのぼったりもしているみたいだ。この前、ミヤちゃんもそう言ってた。


 最近の想太は、今まで以上に、明るい笑顔でキラキラしている。

 クラスの女子たちが、はぁっとため息交じりに話している。

「なんか発光してるみたい」

「可愛さとカッコよさ、3倍増し?」

「いや4倍増し?」

 非公式ファンクラブの会長たちは、ますます数が増えている。でも、その子たちが心配しているのは、公式のファンクラブが出来てしまうことだ。

 誰でも、自分が名乗りさえすればなれる、非公式ファンクラブとちがって、正式なのが出来てしまったら、なんだか、その分、彼が遠くへ行ってしまう気がするから。


 テレビの画面じゃなく、学校の運動場で、教室で、廊下で、直接目で追えて、しかも時には隣の席になったり、掃除当番一緒になったり、そういう日常を共有できている彼が、どこか遠くへ行ってしまうような不安。

(わかる。めちゃくちゃ、わかる……)

 そんな不安は誰にも負けないくらい、私も感じている。

 

 でも、そんな不安をよそに、想太本人は、相変わらず、昼はクラスの男子たちとサッカーをして走り回り、授業は笑顔で聞き、帰りの会が終わると、猛ダッシュで、帰って行ってしまう。去り際、バイバイ、と手を振って笑顔を残して。


 そして。はじめの頃の不安そうな様子は、今はもう、見えない。

「めちゃくちゃ、楽しい! めちゃくちゃハードやけど、楽しい」

 クラスの子たちに、事務所のレッスンのことをきかれて、笑顔で答えている。

「覚えなあかんこといっぱいあるねんけど、それも面白いねん。でもなぁ、はじめのうち、バッキバキ筋肉痛になったわ~」 

「たいへんだね~。がんばれ~」

 みんな笑いながら想太を励ます。

「うん。がんばる~」

 笑って答える想太は、子犬のように可愛い。



 『例の意地悪な先輩たちはどうなったんだ?』 と私は、秘かに気になっていたけど、どうやらそこでも、想太マジックが発動したみたいで、いつのまにか、その先輩たちとも想太は仲良くなったようだった。


「オレな、いっぱい話しかけるようにしてん。その先輩たちに。だってな、相手のこと知らんかったら、いつまでたっても、イメージって変わらんやん。最初に思ったまんまやん? その人らに、ちゃんとオレのこと知って、それでもいややって思われるんやったら、しゃあないけど、知らんまま、きらわれるの、いややなって。やから、オレ、いっぱいしゃべりに行った」

 この間、英会話教室の帰りに、その後どうなったのか、たずねた私に、想太は言った。

「みなみが、キノコの話してくれたあとな、オレ思ってん。オーディション受けること決めたんも自分やし、事務所に入るって決めたんも自分やし。自分からキノコを名乗って、カゴに飛びこんでんから、思いっきりやってみよう、って。怖がってる場合とちゃうな思ってん」

 想太がほほ笑んだ。


「そしたらな、勇気が湧いてきてん。この先いろんな人に出会うやん。ほんまにいろんな人に出会うやろ、きっと。 オレのこと好き、って思ってくれる人もおれば、なんやねんコイツって思う人もおるかもしれへん。そのたびに傷ついてるわけにはいかへんしな。せやから、まずは、やれることやろ、って。」

「そっか。がんばったね。想太」

「うん。ちょっとがんばった。挨拶とか、めっちゃ笑顔で声かけるとこから。ちょっと無視っぽいことされても、へこまんと、ずっと普通に話しかけて」

「うんうん」

「そしたら、あるとき、『おまえには負けるわ』って。それでな、」

 想太は嬉しそうに笑うと、続けた。

「おまえ、可愛すぎ、って」

「その先輩が?」

「うん。オレの頭クシャクシャってなでて、『おまえ可愛すぎ。……しゃあないなぁ』って関西弁で」

「関西出身のひと?」

「ちゃうみたい。でも、オマエにつられた、とか、なんかその言葉がしっくりきた、とかって言うてた」


 その先輩が変わる前から、一緒に悪口言ってた、他の先輩たちも微妙に態度が変わってきていたらしい。もともと、その先輩に合わせていたようなところもあったから、と想太は言う。


「すごいね。想太。ほんと、よかったね。ホッとしたでしょ?」

「うん。正直、ホッとして嬉しい。みんなで気持ちよくがんばれるの、すっごい楽しいもん」

 想太の薄茶の瞳が輝く。すべすべした頬が、うっすらピンク色に上気している。きゅっと上がった口角。長いまつ毛が瞬きするたびに、その長さに思わず見惚れてしまう。

 こんな可愛い笑顔で話しかけられたら、そりゃあ、誰も本気で憎めないだろう。ちょっとずるいよな。その先輩が、『可愛すぎ、しゃあない』っていった気持ちがよく分かる。



 キノコの話と、その先輩の話を、ナナセにすると、

「さすが、わが推し! 敵さえも味方に変えてしまう、想太マジック!」と目を輝かせた。

「ほんと、推しがいあるわ~」ナナセは惚れ惚れとしたように、想太の載った雑誌を掲げて、ため息をつく。


「でもなんだか、ちょっとさみしい気がしてしまうね」

 ナナセがつぶやいた。

 そんなナナセに、私は黙ってうなずいて、ほほ笑み返す。そして、

(そうだね。めちゃくちゃさみしい。ちょっとどころではなく……)

 私は、心の中でつぶやく。

 でも、声に出しては言わない。

 想太が、あんなに必死でがんばっている。

 それを私は全力で応援しよう。

 どんなにさみしくても、絶対応援する。――――そう決めたのだ。

 そう決めても、私に出来ることは……何もない。だから。

 だから、せめて。さみしいって声に出しては言わない。

 さみしい、っていう代わりに、応援してるよって言う。いつだって味方だよ、って言う。


 でもね……心の中では、ほんとは叫んでる。

(大好きだよ。想太。いつも、いつでも――――大好きだよ)

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