第33話 変えるより
「今度の土日は、またNIGHT&DAYのバックにつくねん。琉生も一緒」
想太の日常は、少しずつ忙しくなっていく。平日は、前から続けている、声楽やピアノやギターや英会話のレッスン、事務所のダンスのレッスンと、土日は先輩グループのライブのバックにつくこともある。
あの夜、プラネタリウムで、(こわい)と不安な気持ちを話してくれた想太。今は、忙しくて、こわいと言ってる暇さえなさそうに見える。
それでも、宿題はいつの間に片付けるのか、ちゃんとやってきているし、いつも通り、にこにこしながら授業を受けている。
「宿題は、分からへんところきいたら、研修生の先輩の人が教えてくれはるねん。中学生の人も、高校生や大学生の人もいてはるから、聞き放題やねん」
忙しそうな想太に、クラスの子たちが、「宿題いつやってるの?」 と聞いたとき、彼はそう答えていた。ひとなつこい想太が、先輩たちに可愛がられている姿が目に浮かぶ。
でも、可愛い後輩とはいえ、みんなデビューを目指す、ライバルだ。だから、やりにくいこともいろいろあるのかもしれない。時々、想太がため息をついていることもある。
ライブのバックについた日の夜、いつものごほうびプリンを食べながら、エレベーターホールで話しているとき、想太が珍しく、へこんでいるように見えた。
「だいじょぶ?」
「うん」
「なんかあった?」
「うん。ちょっとな」
「誰かにイジワルされた?」
「……ううん。ちゃうよ」
ちがう、と言いながらも、どことなく元気のない顔だ。
「想太。正直に言えるところでは言ったらいいんだよ。グチでもなんでも。ほら、プリン、2個目あげるから。言ってみ」
私はちょっとふざけて軽めに言ってみる。少し、想太の顔がほぐれる。
「あ。ありがと。ん~……あのさ、オレ。なんか、ある先輩たちにきらわれてるみたいで」
めずらしく開きにくいプリンのフタに手こずりながら、想太が言った。
「誰だ?! そいつら、想太にイジワルしてくるの?」
私の大好きでだいじな想太に、何をした?
「……ん。親の七光り、とか、血はつながってないくせに、とか、調子のんなよ、とか」
「何それ。面と向かっていってくるの?」
「いや。陰で。でも、聞こえてくる。でも、オレには直接言わない」
「ん~。なんかめっちゃ気分悪いやつだね。言いたいことあったら、直接言え!っての」
「まあ、オレが気にせんかったらええだけなんやけど」
これまで、学校では、クラスメートのみんなは、想太のお父さんのことを知っていたけど、別に、それで何かを言うってことはなかった。「いいね」くらいは言っても、それを、陰で、「調子に乗ってる」なんて言うことはなかった。
もちろん、うらやましいと思ってる子はいるだろうけど、それ以上に、想太がいいやつだから、だれも想太の悪口を言ってるところなんか聞いたこともない。
それとも、私が気づかなかっただけ? ちょっと不安になる。
「なんかさ、オーディション受けていきなり、すぐに研修生になって、しかも、すぐにライブに出させてもらえるのって、そんなに多くはないねんて。ふつうは、練習生からのスタートで。練習生は、そんな大きなライブのバックに毎回のようにはつかせてもらわれへんらしい。まず、研修生の中から呼ばれた人が出るから」
練習生の段階をすっ飛ばして、研修生からのスタートをしたのは、前回と今回のオーディションを受けたメンバーの中では、想太と琉生くんだけなのだという。
前回、彼らが受けそこねたときのオーディションを通過したメンバーは、みんなまだ練習生なのだという。
「……やから。ちょっと気にくわへんって思うみたい」
想太は、プリンのスプーンをパクッとくわえる。
「でもまあ、直接、なんかしてくるわけじゃないし。ほんまに、オレが気にせんかったらええだけやねん」
「琉生くんは? 琉生くんも言われてるの?」
うん、とうなずきながら、想太は、
「琉生も言われるけど、親と同じ事務所ちゃうから。微妙に言われ方がちがうかなぁ」
「そっかぁ……。やりにくいね。いろいろ」
「うん。やから、七光り、とかどうとか言われへんように、がんばろって思うねんけど、なんとなく、じわじわっと、ダメージくるときあるねん」
そう言って、想太は少し笑った。そして、急いで付け足す。
「でも……たまにやで」
プリンをすくって、少しずつ黙々と食べる想太は、ちょっとうつむき加減だ。
そんな想太を見つめながら私は思う。
(じわじわくるダメージって、『たまに』じゃなくて、『続いてる』ってことじゃないか)
「……ねえ。想太」
私は、ふと思い出した言葉を口にする。
「想太、思いっきり飛び出た杭になってよ」
「ん?」
「ほら、『出る杭は打たれる』とかって、国語の時間に習ったとき、先生が言ってたでしょ。“優れてぬきんでているひとは、とかく憎まれがちだ”という意味だけど、『逆に、出すぎた杭は打たれない』とも言われるんですって」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
「そうよ。だから、想太のことねたんで、いやなこと言ってくる奴らもケチのつけようがないぐらい、思いっきり、出まくった杭になっちゃえばいい!」
私が、こぶしを握ってそう言うと、
「ふふ。そっか。そやな。グチグチ悩むより、その方が早いか」
想太が笑う。
「そうそう。その方が、絶対手っ取り早い。意地悪言うヤツ変えるより、自分が変わった方が早い」
「そやな。そやな」
想太の顔がしだいに明るくなっていく。
「それとね。こんなことわざもある」
「うんうん」
「ロシアのことわざでね。『キノコと名乗ったからには、カゴに入れ』――――どんな意味かっていうとね、自分からキノコと名乗った以上は、責任を持ってカゴに入れ。つまり『言い出したことは最後までやりとげろ』って意味。日本では春はお花見で盛り上がるけど、ロシアでは、夏から秋にかけて、キノコ狩りで盛り上がるんだって。だから、カゴとキノコ図鑑を持って森にいくって。それでこんなことわざが出来たらしいって、本で読んだ。(※参考資料『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』金井真紀著・岩波書店)
「言い出したことは、最後までやれ! か。なあ――――方向転換してもいいんじゃなかったっけ?」
想太がクスクス笑う。
「あ。……ほんとだ。なんかこの前とちがうこと言っちゃった。でも、とにかく、そんな意地悪なヤツに、負けんな!っていいたかったんだよ。……っていうか、このことわざ、どこかでいっぺん、言ってみたかったんだもん」
「ふふ。なんかキノコと並んでカゴの前に立ってる気分。『飛び込む?』『どうする?』『しゃあないなぁ、飛び込んどく?』『じゃ、いっとく? せ~のっ』なあんて」
想太がキノコと会話する。
私の頭の中にも、想太とキノコがカゴの前で、頭を寄せ合って相談してる姿が目に浮かぶ。おかしくて、思わず吹き出す。
そして、カゴに飛び込んだらしい、想太とキノコに、私は言った。
「別の場所に行きたくなったら、そのカゴから飛び出したらいいんだよ。カゴは1つじゃない。いっぱいあるから」
想太が笑った。
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