第30話 応援してる
「ねえねえ。聞いて聞いて!」
朝、学校に行くと、めちゃくちゃ興奮状態の、吉川さんが登校してくるなり、大きい声で、言った。
彼女は、この前の週末に、NIGHT&DAYのライブに行くと言っていた。彼女と仲のいい子たちがみんな、ライブ情報を聞こうと、彼女の周りに集まる。
「ライブ、そんなによかったの?」
「もう。めっちゃ! よかった! 泣きそうになった」
「いいなあ。よかったね~。うちは、お姉ちゃんがチケット申し込んだけど、当たらなかったから」 残念そうに言う子もいる。
「そうか……。なんかごめん」
「ううん。大丈夫。DVD楽しみにするから……」
「いや。それでね、実はすごいポイントが他にもあって!」
どうやら、吉川さんが言いたい話は、ライブそのものではなさそう。私たち(私、ナナセ、ミヤちゃん、サトミちゃん)は、もしかして……と思って、顔を見合わせる。
「なになに?」
「ライブに出てたの!」
「何が? っていうか、誰が?」
「想太君!」
「え? ライブに?」「え?」「ええ、ほんと?!」
一気に、みんなが大興奮になる。先に知っていた、私たちは、やっぱり……という顔になる。
「アリーナ外周通路のところだから、そんな目立つ場所じゃないけど、客席には意外と近くて。センターステージばっかり見てたけど、私、たまたま右の方見たら、すっごい似てる子がいてるな、と思って」
吉川さんは、少し、息継ぎして言う。
「で、よく見たら、やっぱり想太君で。もうめっちゃ元気いっぱい踊ってて、すっごくカッコよくって。ダンスもめっちゃ上手いの。他にも、同じように踊ってる子たちいたけど、ダントツ! 曲の終わりのキメポーズの前に、さらっとターンとかいれて、ニコって! 」
吉川さんは胸に手を当てて、そのシーンを思い出しているみたいだ。
「ひえ~、いつのまに、事務所、入ってたの~?」
「すご~い」
「わぁ~見たかった~。いいなぁ。わぁ……」
みんな口々に言う。最後にため息交じりに言ったのは、想太のファンクラブ会長の1人だ。
「そこからあとは、私、ついついバックで踊ってる子まで気にしてみなくちゃいけなくて、すごい、目が忙しかった~。でも、出てたのは、最初の3曲だけだったみたい」
(ほんとに、よく見てるなぁ……。そりゃあ、さぞ忙しかったろう)
私は、思わず、うなずきながら聞く。
(でも。いいなぁ。想太の初めてのチャレンジ。生で自分の目の前で見られたなんて)
「うらやましい……」「いいなぁ」「ほんと……」
同じ気持ちだったのか、横で、ミヤちゃん、ナナセ、サトミちゃんもつぶやいている。
教室内は、みんなとってもテンションが上がっている。男子も女子も、関係なく。
そこへ、想太が登校してきた。
「想太君想太君! すごいね! 出てたね! ライブ!」
「え? もしかして、NIGHT&DAYの、来てたん?」
「うん。アリーナ外周で、踊ってたよね」
「うん。そっか。見てたんや?」
「いつ、EMエンタテインメントに入ったん?」
「あ。いや、まだやねん。あのライブに出るのが、オーディションの一部みたいやねん」
「え~。そうなの」
「いきなり出ろって言われるの?」
「あ、いや、出る前に、ダンスの振り付け教えてもらって練習して……」
簡単に、オーディションの流れを、想太が説明しているうちに、チャイムが鳴った。
先生が来て、いつも通りの朝の会が始まった。でも、教室の空気は、なんだかずっとそわそわしている。
でも、想太は、いつもと変わらない。おだやかに笑って、嬉しそうに先生の話を聞く。
彼は、人の話を聞くのが、好きなのだ。たとえ、それがみんなにとっては、退屈な授業でも。みんなが眠いなぁって思ってしまうようなときでさえ、想太は、話をしている人をキラキラした瞳で、じっと見つめている。
だから、話をする人は、想太の顔を一生懸命見て話す。そして、想太につられて笑顔になる。
そうなると、不思議なことに、だんだん、その場がいい雰囲気に変わっていくのだ。
難しい話のときも、想太がちょっと首を傾けると、「わかりにくいですか? じゃあ」と言って、易しい別の言い方にかえてくれたり、ちょこっと冗談をはさんでみたり、話す側も、熱が入ってくる。 私は、それを秘かに、『想太マジック』と呼んでいる。
前に、訊いたことがある。
「なんで? 話、難しいと、眠くならない?」
「ん~。そやな。でもさ、人前で話すって、すごくたいへんやん。何かを伝えるって、けっこうエネルギーいるし。やから、オレ、話の中身が難しくてようわからへんかっても、がんばって聞こう、思うねん。エネルギーだけでも、ちゃんと受け取ったで、て伝わるように」
そう言ったあと、くしゃっと笑った想太は、
「……とか、ええかっこ言うてるけど、ほんまは単純に、人の話聞くの、好きやねん。だって、おもしろいやろ? 声の出し方、表情の変化、クセ、よく使ってる言葉、とか。じっと見てたら、飽きへんで」
そういえば、想太は、先生たちのモノマネも上手い。なるほど。観察眼を生かしまくってる。
帰りの会の頃には、先生たちも、想太が、週末のライブに、出ていたことを知っていた。
そして、日直の日誌には、『想太君、がんばれ! みんな応援してるよ!』と、吉川さんが書き込んでいた。今日は、みんな、自分のことのようになんだか興奮して過ごした一日になった。
その晩、想太から電話がかかってきた。
「……決まったよ。研修生として、入所することになった」
「え? ほんとに?」
「うん。とうちゃんかあちゃんと、事務所の人が話して、正式に書類にサインした」
「そっか。おめでとう」
「……うん」
「ここから、スタートだね。クラスのみんなも、なんかすっごく喜んでたね。応援してるって」
「……うん」
想太の口数が、やけに少ない。なんだか心配になる。どうした? 想太。
思わず、私は言った。
「ねえ、今から、エレベーターホールまで、出てこれる?」
「うん」
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