第28話  想太の新しい一歩④ 突破


 3曲続けてのダンスと歌が終わって、

「では、皆さん、10分、休憩をとります。そのあと、またここに集まって下さい」

 指示が出て、いったん、受験者が、バラバラと散らばる。部屋を出て行くもの、自分の荷物のところで、お茶を飲むもの、様々だ。

 

 壁際に一緒に置いた荷物のところで、想太は琉生に言った。

「おつかれ~、琉生。さっき、『よっしゃ』って言うてくれて、ありがと」

「想太こそ。あの、よっしゃ、で声出しやすくなったよ。たぶん、他のみんなもそうだと思う」

「そうかな?」

「歌いながら、踊るって楽しいね」

 琉生の目がキラキラしている。

「うん。とうちゃんが、めちゃくちゃ楽しいって、言うてたのなんか分かる気がした」

「ほんと、最高だね。レッスンでも最高なんだから、これがステージだったら、どんなにすごいだろう……」

 琉生の切れ長の涼しい目が、今、熱を帯びたようにうるんで美しい。琉生は、すごくきれいだ。想太は思う。

 琉生を見つめながら、想太の胸の中に、一つの思いがはっきりと浮かぶ。

(いつかきっと、琉生と一緒にデビューする)


「何考えてるの?」

 琉生がほほ笑む。

「ん? いつかきっと、琉生とデビューしたいって」

 思わず、想太がそう口にすると、

「きっとね」

 琉生もほほ笑んだ。


 休憩時間はあっという間に過ぎて、再び、想太たち、残ったメンバーは、レッスン室の中央に集められた。

「この14名には、今日のNIGHT & DAYのライブで、さっき練習した3曲のバックについてもらいます。もちろん、センターステージや花道は、さっき皆さんと一緒に踊った、研修生がメインです。皆さんが立つのは、基本、アリーナの外周通路です。アリーナの外周といっても、逆に、お客さんたちには、とても近い場所です。すぐ目の前にいるお客さんたちに、思い切り楽しんでもらえるように、精一杯盛り上げてほしいと思います」


出られる!

今日のライブに!

想太たちの顔に、喜びが溢れる。

(合格、という言葉は、一言も言われなかったけど。でも、ライブに出られる!)


「では、もう少し、レッスンを行いますが、先に、家に連絡が必要な人は、今から連絡をして下さい。3曲とも、ライブのはじめの方でやりますが、それが終わるまで帰宅できませんので、少し遅くなります。もし、都合が悪いという人は、申し出て下さい。その方は、今日のライブには、出ていただかなくてもかまいません。また次の機会に、連絡をします。」


 誰も帰るという人はいなかった。

 想太も琉生も、家に連絡を入れた。

「よかったね。ちゃんと水分取ってね。大丈夫? 終わったら迎えに行くから、ちゃんと電話してね」 かあちゃんは電話口で、一緒に喜んでくれた。とうちゃんは留守だったので、メッセージを送ったら、

『ほんと? ライブ出られるの? 楽しみだな。双眼鏡持って行くよ』

 すぐに返事が来た。待っていたみたいだ。ついでに、可愛い子パンダたちがラインダンスしているスタンプも届く。

(あ。みなみのと一緒だ。ふふ)

 想太が笑っている横で、琉生も、家族からの返信を受け取っている。横顔が、嬉しそうだ。

(お姉ちゃんからかな?)

 琉生とレイは、とても仲がいい姉弟らしい。


 最終のレッスンのあと、想太たちは、実際のライブ会場で、アリーナのどの位置に立つのか、どんな段取りで動くのか、教えてもらって軽くリハーサルをした。

 そこからあとは、あっという間だった。


 熱気に包まれたライブ会場で、想太も琉生も、お互い立つ場所は離れているけれど、2人とも思いっきりの笑顔で、歌い踊る。センターステージじゃなくても、花道じゃなくても、アリーナの通路の端っこでも、関係ない。

 これは、夢への第一歩。

今、目の前にいる観客たちは、遠くのステージ上の、NIGHT&DAYのメンバーしか見ていないみたいだけど。でも、いつかは、きっと、あのステージの上で、琉生と一緒に……。

 想太は、熱い思いで、踊る。歌う。

 最後、きめポーズの前に、思わずターンをいれてしまったけど、音楽と、うまくピタッと合った。

 

(オレの、初舞台)

 ターンを決めて最後のポーズを取ったとき、ずっとセンターステージばかり見ていた、目の前のお客さんが、「お!」という顔をしたのが、チラリと見えた。

(オレのこと、覚えといてね)そう言うかわりに、想太は、その人に、ニコッと笑いかけて、ステージからはけた。


 ステージを降りると、想太たち、受験者メンバーは、

「お疲れ様でした。どうぞお帰り下さい。また次の連絡があるかもしれません。そのときは、お願いします。また今日のおさらいをしておいて下さい」

 そう言われて、あっさりと解放された。

 おさらいを、とは言われたけど、次のステージの話も、今日、結局、合格したのかどうかも、想太たちには何も告げられなかった。なんだかよくわからないけれど、終わった~。そんな感じだ。

 かあちゃんが迎えに来ると言ったけど、琉生と帰るので大丈夫、と想太は断った。

 

 もっと遅くなるかと思ったけど、ふつうに、塾帰りの時間より、早いくらいだった。

 想太と琉生は、話したいことはいっぱいあるのに、まだ、興奮が体中を駆け巡っているので、お互い言葉少なに、家の近くの駅まで帰ってきた。


「おつかれ。今日はありがとう」琉生が言った。

「おつかれ。ありがとう。めっちゃ楽しかったね」想太が応える。

 グーに握った手と手をこつんとぶつけ合う。目と目が合って笑うと、今日の一日の出来事が頭の中を駆け回るみたいだ。


「じゃあね」「じゃあね」

 わかれたあとも、想太の体の中を熱い血が駆け巡っている。


(ステージが、すっごく好きだ。)

 そう心から思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る