第27話  想太の新しい一歩③ 開始  

 受付で名前を伝え、番号札をもらって胸につける。

 やっと、このチャンスにたどり着けた。嬉しい。

 想太の胸のドキドキが、少し速くなる。隣の琉生を見ると、琉生が、にっこり笑った。

「余裕? 琉生」

「うん? ちがうけど。まず、受けに来られたでしょ。それで、第1段階突破」

「そやな。第1段階、突破か」

 確かに、この場所にいられるだけで、まず嬉しい気がして、想太の気持ちも落ち着いてくる。 そして、周りを見回す余裕が出てきた。

 ここは、ライブ会場のバックヤードの一角にある、レッスン室だ。思ったほど広くはない、その部屋のあちこちに、スタッフらしい人たちの姿がある。


 想太たちは、かなり早く来たつもりだったけど、会場には、早くも大勢の人が集まってきている。それぞれにストレッチをしたり、準備運動をしたりしている。

 想太と琉生も体を動かし始める。

 その間にも、どんどん、オーディションを受けにきたらしい人が増える。

 一番多そうなのは中学生、高校生。もちろん、想太たちのような小学生もいる。



 しばらくたって、振付師の先生らしい人が前にたって、オーディションの開始を告げる。

 まずは、ダンスのテストからだ。

 想太たちの前に、すでに事務所に所属している研修生たちが10人ほど並んでいる。その後ろに想太たちが並ぶ。5、60人はいるかも。


 今日のステージで演奏される予定なのか、NIGHT & DAYの曲が流れる。

 振付師の先生たちの動きと研修生たちの動きを見ながら、とにかく必死で動く。

 想太も琉生も、いつのまにか夢中になっていて、お互いの様子を気にする余裕はなくなっていた。ただ、とうちゃんが言っていた、笑顔、それだけは忘れないようにする。

 

 想太も、はじめのうちは、ついていくだけで必死だった。

 それが、踊っているうちにどんどん楽しくなってきて、曲がよく耳に入ってくる。思わず、一緒に口ずさんでしまう。

 

 曲が終わって、最後のポーズを、パシッと決める。めちゃくちゃ気持ちがいい。

「ライブ、めちゃくちゃ楽しいよ」

 そう言っていたとうちゃんの気持ちが少し分かった気がする。


 壁際にいたスタッフなのか審査する人なのか、よく分からないけど、手にクリップボードを持っている人が、番号を読み上げて指示をし、受験者を二手に分ける。

 そして、クリップボードから顔を上げると、あっさり言った。

「はい。お疲れ様でした。そちらのグループの皆さんは、どうぞお気をつけてお帰り下さい」

 言われたグループの人たちは、一瞬ざわついたけど、がっくり肩を落としながら、壁際に置いた、自分の荷物を持って、部屋を出て行った。


 幸い、想太も琉生も、残ったグループの中にいた。


 そして、再び、また別の曲とダンスが始まる。終わると、振り分けられて、残ったグループは、次の曲にチャレンジする。

 その繰り返しで、想太たちは、いつのまにか、3曲のダンスの振りを教え込まれていた。


「では、ここからは、今、振りを練習した3曲を続けてやります。歌も、歌える人は、歌って下さい」

 そんな指示が出た。

「よっしゃ~!」

 想太は思わず声が出た。

あ。と思ったときには、ガッツポーズをしている、想太に注目が集まっていた。

 照れくさくて、思わず、ぺこり、と頭を下げる。目の端に琉生の笑顔が見える。

「よっしゃ~!」

 琉生が、大きい声で言って、想太に笑いかけてくれた。

 うん。顔を見合わせ、うなずき合う。

(笑われてもいいや。琉生もいてくれる。思いっきりやろう)

 想太の笑顔がはじける。


 そんな想太と琉生を見ていた、他の受験者の中からも、

 「よっしゃあ!」「よっしゃ!」「おっしゃあ!」 次々に、声が上がり始める。

 声を出した人たちから、不思議に明るいリラックスした笑顔があふれてくる。


 振付師の先生やスタッフの人たちも笑って、

「いいですね。みんないい気合い入ってますね。じゃ、始めましょうか」

 

 曲が始まる。キレのいいダンスとともに、みんなの歌声が響き始める。

 もちろん、想太と琉生も、思い切り踊り、歌う。

 レッスン室に響く声が、次第に気持ちよくそろい始める。


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