第21話 前を向いて
「そうだったの……。大変だったね。でも、よかったね。」
私が言うと、想太はうなずいた。
「うん。大変やった。でも、よかった。おじさん、無事で」
「そうだね。でも、まさか学校で勉強してすぐ、それを生かせる場面に出会うなんて」
「ほんまほんま。練習しながら、実際はなかなか、そんな場面にはあえへんやろな、って思ってたけど」
「習っててよかったね。週明け、学校に行ったら、先生やみんなにも報告だね。早速役に立ったよ、って」
「うん。あ、でも、オーディションのことは、まだ内緒な」
「うん。わかってる。でも、今回のチャンス、残念だったね。どうするの?」
「もう1回、受けたいですって伝わるように、履歴書また送ろうと思ってる。どんな反応されるかわからへんけど。琉生とも相談して、もう1回送ろうって。絶対、次のチャンスはのがさへん、て話しててん」
「そっか。想太、すごいね。もうしっかり前向いてる」
「ん。……あのな」
「うん?」
「今日な、もし、自分1人だけやったら、ちょっと落ち込んでたかもしれへん。チャンスが、もう二度とめぐってけーへんかったらどうしよう、って」
想太の、薄茶の瞳が伏せた長い睫毛で一瞬かくれたあと、明るく輝いた。
「でもな、琉生に出会えて、もしかしたら、これは、逆にすごいラッキーなことやったんかもしれへんて、思えてん」
「うん」
「もし、このことがなかったら、オレ、琉生とは友達になってへんかったかもしれへん。ただ、同じ会場でオーディション受けたときにいてた人、てだけやったかもしれへん」
「うん。そうかもしれないね……よかったね。いい出会いがあって」
「おう」
想太の瞳がキラキラする。とても嬉しそうだ。
そのとき、ふと私の頭の中に、想太と、私がまだ会ったことのない琉生くんの2人が、ステージで踊っているイメージが、浮かんだ。息の合った2人のダンス。
うん。きっと、うまくいく。今回は、残念な結果でも。きっと、この2人が出会ったことには、意味がある。想太だけじゃなく、私も、なんだかそんな気がしてくる。
「想太。今日はほんとにお疲れさま。でも、よくがんばったね。すごいよ、想太」
「へへ」
想太が照れくさそうに笑った。
「オレも、ちょっと、いや、けっこうがんばったな、って気がしてる」
「プリン、もう1個食べる?」
私は、まだ手をつけていなかった自分のプリンを、想太に差し出した。
「え? ええの? やったぁ!」
受け取ったプリンのふたをいそいそと開ける。 嬉しそうに、プリンをすくって、口に運ぶ。その笑顔は、まるでヒヨコみたい。可愛い。
「へへ……美味し」
デレデレの顔。プリン1個で、こんな顔が見られるなんて。私の方が、ラッキーだよ。
ね、想太。
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