第20話  想太の大変だった一日② 同じ気持ち

 これは、長くなりそうだ。

 想太は、少年の向かい側にしゃがんで、膝をついて、

「よっしゃ。交代や」

「OK。じゃ、イチ、ニ、サン」

 サン、で、少年が手を離すと同時に、想太が引き継ぐ。

 それを繰り返していると、腕はだるいけれど、なんとなく2人ともリズムが出来てきた。

 そこへ、AEDを持って、若い女性が戻ってきた。

 少年が心臓マッサージを続けている間に、音声の指示に従って、想太が、AEDの準備をする。

「よし、AED使うで」

「OK」

 音声の指示通りに、電気ショックを行う。そして、そのあとAEDの音声指示に合わせて、心臓マッサージを再開する。


 交代しながら心臓マッサージをする2人のペースが整う。

 人垣の中から、救急車を誘導しに行ってくれる人も出てきた。

 扇子やカバンから取り出したファイルなんかで、倒れているおじさんや、想太ともう1人の少年をあおいでくれる人たちもいる。

(なんとか助かってくれますように……!)

 そこに集まった人たちの願いが通じたのか――――


 しばらくして、

「う……」

 おじさんの口から、低いうめき声が漏れ出た。

「やった! 意識が戻った」

「よかったあ~」

 人垣に拍手が起きる。

 やっと救急車の音が近づいてくる。よかった。これで、なんとか大丈夫そうだ。

 やがて救急車が到着し、倒れたときの様子を想太が手短に伝えたあと、無事おじさんは乗せられていった。

 よかった。

 みんな安心したような顔で、人垣から離れてゆく。

 

 想太と少年は、汗を袖で拭いながら、顔を見合わせて、ほっとして笑い合った。

 そして、次の瞬間、2人とも我に返った。

「せや。オーディション! ごめん。オレ、行くとこあるから、行くわ。今日は、ありがとう!」

「え? オーディション? もしかして、EMエムエンタテインメントの?」

「え? うん。 もしかして……?」

「うん。 受けに行こうとしてたところ」

「同じや」

「受付時間……過ぎてる!」

「とりあえず、走ろう!」

「うん」

 走りながら、想太は言った。|

「名前、訊いていい?」

藤澤 琉生ふじさわ るい

「オレ、妹尾 想太せのお そうた

「想太って呼んでいい?」

「うん。琉生って呼んでいい?」

「もちろん」



 2人が、会場に着いたときには、受付は終わっていた。

 入り口に立っていた若いスタッフらしき人に声をかけたら、

「もう今日の受付は終わったので」

 と言われてしまった。

「お願いします! そこをなんとか!」

「人命救助をしていて、遅くなったんです」


 2人が、必死に頼み込もうとしていると、そこへ少し年配の男性がやってきた。

 そして、2人に言った。

「何か事情はあったみたいだけど、それが本当かどうかは、こちらではわからないからね。それに、たとえ、それが本当だとしても、まず、時間を守ることは、仕事では、とても大事なことだからね。遅刻した時点で、君たちには、オーディションを受ける資格はないね」

「遅れて本当にすみません! お願いします!」

「遅れて本当にすみませんでした! お願いします!」

 想太と琉生は、必死で頭を下げる。


「さっき、人命救助をしていた、と言ってたようだけど。じゃあ、君たちは、だからといって、ステージに穴を開けるの? 本番に間に合わなくっても、平気なのかな? 大勢のお客さんや、そのステージのために大変な準備を重ねて来た人たち、みんなに迷惑をかけてもいいと思うのかな?」

 その年配の男性の話し方は柔らかだけれど、中身は手厳しい。彼にたたみかけるように言われて、想太も琉生も、何も言えなくなってしまった。

 結局、2人は、頭を下げて、すごすごと引き下がるしかなかった。


 会場をあとにして、歩きながら、想太は心の中で思った。

(確かに、遅刻はあかん。時間を守ることは大事や)

 それでも、次の瞬間、思わず声が出た。

「でも、人の命を助けることは、もっと大事や。まちがってへん」

「そうだよ。まちがってない。僕も、そう思う」

 琉生が言う。


 想太と琉生はお互い、顔を見合わせて、くしゃっとした笑顔になる。

「そや。今日はあかんかっても、またチャレンジしたらええねん。2度と来るなとは言われてへんし」

「うんうん」

「よし。次のチャンスで、また受けに行こう。しゃあないから、今日は出直すけど」

「そうそう。それで、次はバッチリ決めよう」

 2人で、顔を見合わせて笑い合うと、なんだか嬉しくなってきた。

(そうだ。今日がだめでも、次は、何があっても遅れへんくらい早く行って、チャレンジする)


 

 そう決心すると、なんだか少し元気が湧いてきて、想太は、隣を歩く琉生に言った。

「なあ。オレ、今日、ええこと2つあった。……オーディションは受けそこねたけど」

「僕も!」

 琉生がぱっと顔を輝かせて答えた。

「1つは」 想太が言うと、

「人の命、助けられたこと!」 琉生が勢いよく言った。

「うん!」 想太が、力一杯うなずく。同じだ。琉生も同じように感じてくれていた。

 嬉しくなって、想太は続けた。

「それとな、もう一つは」

 相手の笑顔が目に入る。きっと、同じ気持ちだ。確信する。

「琉生に」「想太に」

「会えたこと」

 2人の声が重なった。

 

 


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