第17話  引き分け。


「想太って、お父さん似なんだね。目もととか、笑った感じとか、なんかそっくり」


 想太のお父さんは、人気アイドルグループのメンバー、妹尾 圭だ。

 ピアノも上手いし、歌もダンスも上手くて、何もせずに立っているだけでも素敵な人だ。

 30代半ばぐらいなのに、十分、20代前半に見えるくらい、若々しくて、カッコよくて可愛い。

 

 想太が、顔も雰囲気もほんとによく似ているので、ずっと前、私は思わず言ったのだ。

「想太って、お父さん似なんだね。目もととか、笑った感じとか、なんかそっくり」

「そう?」

「ほっぺとおでこはお母さんかな」

「うん。よくそう言われる」

「2人のカッコいいとこ、可愛いとこ全部もらって生まれてきたんだね」

 私は、ちょっぴり、うらやましくてそう言った。


「そう言われると嬉しいな。大好きな2人に似てるって言われるの、オレにとって最高のほめ言葉やもん」

 想太は、とろけそうな笑顔で言った。そして、にっこり笑って続けた。


「でも、とうちゃんとは、直接血はつながってへんねん。かあちゃんは、生んでくれたお母さんの妹やから、血はつながってる。オレが赤ちゃんのときに、生んでくれたお母さん亡くなってから、ずっと育ててくれてるねん」

「え?」

「でも、2人と、よう似てるやろ? これ、オレの自慢」

 想太は、得意そうに笑う。


「そ、そうだったんだ……」

 私は、少し戸惑ってしまう。想太はニコニコして言ってるけど、私、なんかよけいなこといってしまったかも、と不安になる。

 そんな私の気持ちを察したのか、想太が笑って、

「そんな顔せんでええよ。別に、何か複雑な事情があるとか、そんなんじゃないしね。……あ。そや、ちょっと待っててな」

 そう言って、想太がリビングの隣の本棚がずらりと並んでいる部屋に行って戻ってきた。


「これこれ。これ見てや」

 そう言って差し出したのは、1冊の雑誌だった。

「これな、とうちゃんがインタビューに答えた記事が載ってるねん」


 圭さんの結婚は、当時、ものすごく話題になって、多くのファンが涙しながらも祝福した、と書かれている。悲しくても相手の幸せを祈って身を引く『人魚姫』にたとえて、『人魚姫シンドローム』なんて言葉も流行ったらしい。


 圭さんが、テレビの番組で、結婚相手の子ども(想太だ)から、なんと呼ばれているのかと聞かれて、『とうちゃん、と呼ばれてます』とトロけそうな笑顔で語ったので、『父ちゃんはアイドル!』なんて、新聞記事の見出しになったということも載っている。


 記事を読み進めると、圭さんは語っている。


『僕、彼に一目惚れ、したんです。あ、もちろん、彼女にも。それ大事! ちゃんと書いといて下さいね(笑) なんというか、彼と彼女のいる空気、というか空間に、僕もずっと一緒にいたい、って初めて会ったときに感じたんです』


『彼が僕に似てるって、よく言われるんですけど、それ、すごく嬉しいですね』


『彼と血のつながったお父さんも、彼を引き取りたいっておっしゃってたんですけど。でも、一生懸命お願いしました。僕たちで大事に育てます。大好きな子なので、どうしても離れられません、って』


『その方とも仲良くさせてもらっています。今の奥さんとの間に、可愛い娘さんがいて。それで、僕たち2組の夫婦で、お互いの子どもたちのお父さんお母さんにもなろうって話してて。そしたら、子どもたちは、親が、2倍になるわけで。いざというとき頼れる場所が増えるのは、子どもたちにとっても、きっと心強いし、いいよね、なんて話してます』


 可愛い娘さん、というのが、想太の異母妹、香奈ちゃんだろう。

(いいなあ。想太みたいなお兄ちゃんがいるって。しかも、圭さんや佳也子さんまで、お父さんお母さん的な存在だなんて。……うらやましいなあ)

 一瞬、そう思ってから気づく。

(あ、違う。妹では、困るな。やっぱり、今の関係でいいや)

 心の中であわてて訂正する。

 

 圭さんの語る言葉は、想太と佳也子さん、2人への温かな愛情にあふれている。読んでいると、圭さんがこれほど可愛がっている子って、どんな子? 会いたい! って気持ちになってしまうほどだ。

 

 そういえば……と私は思い出す。小さかった頃、運動会やイベントに集まった観客の多くが、圭さんと、圭さんが応援している想太をついつい目で追っていたことを。シンプルに想太が可愛らしい、というのもあったけど、きっと圭さんの記事の影響もあったんだろうな。


「めちゃくちゃ、愛されてるね……想太」

「うん」

 想太がほほ笑む。

「でもな、とうちゃんは、1つまちがってるねん」

「?」 私は、首をひねる。


「なんだよ、それ?」

 いきなり声がして、ふりむくと、圭さんが笑いながら、リビングの入り口に立っていた。

「何、まちがってるの?」


 近づいてきた圭さんが、想太の頭をなでながら、記事をのぞきこむ。

『彼に一目惚れしたんです』という大きな見出しのあるページだ。

「これな、とうちゃんじゃない。オレが、とうちゃんにひとめぼれしたの!」

「いや、オレだよ」

「ちゃう。オレ」

「いや、オレ」

「ちゃう。オレ」

 お互いゆずらない2人は、幸せそうに言い合っている。きりがなさそう。


「あの~。おふたり、引き分け、ってことで。どうでしょうか?」

 私が言うと、

「そうだね。そういうことにしておこう」

 圭さんが笑い、

「ほんまは、オレが先やけどね」

 想太が笑った。


 そんな2人を見ながら、家族として大事なのは、血がつながってるかどうかじゃない、そこに相手を想う気持ちがあるかどうかなのだと、私は思った。


 


 そんなことを思い返しているうちに、時間が過ぎて、そろそろ想太が帰ってくるのじゃないかという気がして、私は、エレベーターホールまで、出てみた。


 まだ、スマホにも、着信はない。

 なぜだろう。なんだか、だんだん、不安になってくる。

 私は、急に心に湧いてきた不安を振り払うように、頭を振った。

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