第16話  オレの、初めての  


「いたっ!」 「うぉっ!」

 何度か、2人とも指を針で刺してしまったけれど、しだいに、パンダらしいものが、お互いの手元に姿を現し始める。

 時々、ちらっと、想太の方を見ると、真剣に、手の中の白と黒のかたまりを見つめて、集中している。

 形のいい唇が、少しとがってアヒルみたいな形になっている。なんかちょっと可愛い。

 きれいな形の眉。その下の目を縁取る、睫毛が長い。頬がうっすらピンク色だ。

 見れば見るほど、想太はカッコよくて可愛い。


 モールでも、横を通る女の子たちが、ちらちらと想太の方を見ていた。雑貨店や手芸用品店でも、羊毛フェルトを手にした彼を、買い物中のおばさんたちやお店の店員さんもニコニコしながら見ていた。

 そうなのだ。想太は、見ている人を思わず笑顔にしてしまう雰囲気を持っている。これは、もはや才能だろう。


 なんてことを思っていると、ぶしっと指に針を刺してしまった。

「いったっ!」

「大丈夫か? これは、ほんま集中せんと、キケンや。」

 想太が一瞬顔を上げた。目がキラキラしている。嬉しそうだ。手の中のパンダが、すごくいい感じに、仕上がってきている。

「想太、いい感じに出来てきたね」

「うん。可愛い形になったやろ?」

 

 やがて、私たちの手元には、2頭の、小さなコロンとしたパンダができあがった。

 目はまだない。

 2人で、あれこれ試してみて、結局、中くらいのサイズの目をつけた。口は、黒のフェルトを細く埋め込むようにして描く。


「オレの、初めてのフェルト作品。……可愛い」

 想太がそっとパンダを手のひらにのせて頬ずりする。なんだかパンダまで喜んでるように見えるのは気のせいか。

 想太は、その子を、くっつけた両手のひらにのせて、うやうやしく私の方に差し出して言った。

「ありがとう。みなみ。これ、オレの初めてのパンダ。みなみにプレゼントする」

「え? 初作品でしょ? いいの?」

「うん。ええよ。そのかわり、できたら、みなみの作ったその子、オレにちょうだい」

「え? この子?」

「うん」

 想太は、そっと、私の作ったパンダを自分の手のひらにのせる。じっとその子の目をのぞきこむように見てから、私にねだるように言った。

「かまへん?」 

「かまへん」 ついつられてしまった。

「ありがとう!」

 嬉しそうに、想太は、パンダの頭をなでている。

「香奈ちゃんの分は?」

「うん。作り方分かったから、あとで、もう1コ作るわ。初めての作品は、お礼を込めて、みなみにもらって欲しいなって思ってん」

 キラキラの笑顔の想太が愛しくて、愛しくて。


(やっぱり、想太、大好き! )

 思わず、口にしそうになったとき、リビングのドアが開いて、

「ただいま~。あ、みなみちゃんいらっしゃい」

 想太のお母さん、佳也子さんだった。買い物袋を両手に下げている。


「あ、かあちゃん、お帰り~。荷物もつで」

 佳也子さんの手から買い物袋を受け取り、想太はキッチンに運んでいく。

 その後ろ姿をみながら、お母さんがテーブルを見る。

「あ、羊毛フェルト。……可愛い。パンダ。上手いね」

 お母さんがニコニコして言った。

「可愛いやろ? 香奈ちゃんのプレゼント、何にするか迷ってたら、みなみが提案してくれてん」

「そうなんやぁ。めっちゃいいアイデアやね」

「かあちゃんも、なんかほしいのあったら、香奈ちゃんの作ったあとで、作ったるで」

「あら、そう。じゃあ、ブタ。ピンクの子ブタ。ころっころの」

「よっしゃ」

(あ。いいな。子ブタ。それも可愛いな)

 一瞬、心が揺らぎそうになったけど、私には、この子がいる。

 私は、想太の初作品の、パンダにそっと頬ずりした。

 

 そして、その日以来、その子は、『想想シャンシャン』という名前で、私の枕元に住んでいるのだ。


「想想、想太、きっとがんばってるよね。素敵な笑顔で、周りの人みんな、笑顔にしてるよね、きっと」 

 私は、小さなパンダに話しかける。だんだん気持ちが落ち着いてくる。

 さみしいとか、そんな情けないこと言わずに、しっかり彼を応援しよう。

 私は、想想を見ながら、あの日の真剣な想太の顔を思い出す。


(大好きだよ。想太。想太の『一生懸命』を、私は、力一杯応援できる人になりたいよ。――――だから、想太。がんばれ。がんばれ)


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