第18話 おかえり
「あ。想太! おかえり~。おつかれさま~」
エレベータホールで待っていた私の目の前に、エレベーターから降りてきた想太が立った。
「ただいま。……待っててくれたん?」
想太はそう言って、ほほ笑んだけど、なんだかその声に元気がない。
「どうしたの? 何かあった?」
「ん。ちょっとな」
「オーディションで?」
「ん。いや。……それは受けそこねた」
「え?」
(どういうこと? 受けられなかったの? なんで?)
とまどう私に想太が言った。
「……ちょっとな。いろいろあってん。でも、大丈夫やで。とりあえず、いったん、家に帰るわ。かあちゃんやとうちゃんに報告せなあかんし。でも、あとで、みなみにもちゃんと話するから聞いてな」
「もちろん。……とにかく、おつかれさま」
「うん。ありがと」
そう言って、想太は、軽く手を振ってエレベータホールの向こうの廊下に歩いて行った。
そして、夕食後、部屋でベッドに寝転がっているときに、想太から、携帯に電話がかかってきた。
「ごめん。今、大丈夫?」
「うん。大丈夫。ていうか、想太こそ、大丈夫?」
「うん。だいじょぶだいじょぶ」
そんなに落ち込んだ声ではない。ちょっとホッとする。
「ねえ。想太、今、もし外、出られるなら、エレベーターホールのところで話さない?」
ここのマンションのエレベーターホールは、各階に談話コーナーがあって、そこには、ソファや椅子、テーブルがある。
電話じゃなくて、想太の顔を見て話を聞きたいなと思ったのだ。
「うん。わかった」
「お母さん、ちょっとエレベータホールのところで、想太とおしゃべりしてくるね」
リビングでテレビを見ているお母さんに声をかけ、冷蔵庫からプリンを2コ出して、スプーンと一緒に持って行く。想太の好きな、少しかためのプリンだ。昼間に家族の分プラス1コ多めに買っておいたのだ。1コ税込み110円なので、小学生の私の財力でもなんとか買える。
「プリンも2コ持ってくよ」
「いいけど。もう夜だし、外には出ないのよ」
「はぁい」
ホールに着くと、想太は、ペットボトルのお茶を2本持って、待っていた。
「お。プリン!」
めざとく見つけて、想太の顔がほころぶ。
「買っといたよ」
「ありがとう!」
受け取るとすぐ、想太はふたを開ける。
マンションのすぐ近くのパン屋さんで売っているプリン。5口ほどで食べ切れてしまうくらい小さくて、少しかためで、カラメルが香ばしくて美味しい。
小さいときから、想太はこのプリンが好きだ。大阪に住んでいたとき好きだった、近所のケーキ屋さんのプリンと似ているらしい。
「うっま~」
あっという間に、プリンを食べ終えた想太が、顔中を笑顔にして言う。
「ありがと。最高のごほうび」
「で。想太、一体何があったの?」
――――そして、想太は、大変だった、今日一日のことを話してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます