第13話 好きな人につながるもの
「オレ、オーディション受けることになった」
想太が言った。
表情は真剣だけど、でも、力が入りすぎている顔ではない。むしろ楽しみでワクワクしている顔だ。
お昼の放送当番の仕事の合間に、今日の一曲目をかけているとき、想太が言ったのだ。
「オレ、オーディション受けることになった」
「え? ついに? ていうか、いつ?」
「ん、来週の土曜。朝の10時から。事務所の大きいレッスン室が会場で」
「そ、そうなんだ。……どんなことするの?」
「ダンスと特技と面接、とか」
「ダンスはいいとして、特技は、何するの?」
「ん。そやなあ。ちょっと迷う。ピアノ、かなぁ。ギターはまだ特技と言えるほどとちゃうしな」
「ピアノやったら、ちょうど今練習してる曲とかも、できるよね」
「うん。まあ、ちょっと考え中やねん」
想太は、彼が迷っているとき、時々するクセで、少し首を傾けて、大きな薄茶の瞳で、大きく瞬きする。その表情は、出会った頃と変わらない。可愛い。
流している曲が、最後のフレーズになった。
「あ。曲終わりかけ。じゃあ、次2曲目、曲紹介、私いくね」
「うん。頼む」
前は、想太にまかせがちだったアナウンスを、今は、私は自分からやるようになった。
少し前まで、想太と比較して、自分があまりにもできないことだらけで、情けなくて落ち込んでいた私に、『やると決めたらあきらめないでがんばるところがすごい』と、『そんな姿が自分にとっても励みになる』と想太は言ってくれた。
その言葉が、力になった。
単純なヤツだな、って自分でも思う。
それでも、私にとって、想太の言葉は、めちゃくちゃ大きな、がんばる理由になっている。
そしてそして……私のことを『可愛い』って言ってくれたこと。
『オレにとって、可愛い』っていう、あの一言!
思い出すたび、ほっぺたが真っ赤になりそうな、あの言葉。
すごく嬉しくて、天にも昇る思い、ってこれをいうんだな、と実感したけど、誰にも言ってないし、絶対、言わないつもりだ。
嬉しすぎて、素敵すぎて。あの瞬間は、心の中で、大事に抱えていたいから。
「……お聞きいただいた曲は、Hey! Say! JUMPの『Puppy Boo』 でした」
私が言うと、続けて想太が、なめらかに言った。
「では、今日の放送は、ここまで。また皆さんからのリクエスト、お待ちしてま~す。今日の担当は、妹尾と、一ノ瀬でした。Thank you for listening.」
『今日の担当は』のところからは、2人で一緒に言った。
放送が終わって、2人で職員室を出ようとすると、音楽の先生が声をかけてきた。
「今日の曲、すごくよかったね。2曲とも私の好きな曲で、嬉しかったわ。それにしても、一ノ瀬さん、アナウンスだいぶなれたみたいね。もともと声もいいし、間の取り方がいいから、とても聞きやすくていいね」
私が照れて、すぐに言葉が出てこないでいると、
「僕は?僕は?」 想太が、笑って横から言った。
「もちろん、妹尾さんも、上手い! 2人の声の組み合わせは絶妙にいいね」
「ありがとうございます。へへ。……むりやり褒めさせてしもた~」
想太がふざけながら言って、私たちは、笑いながら職員室の扉をしめた。
廊下を歩きながら、想太が言った。
「……よかったね」
「ん?」
「先生、褒めてはったやん。声もいいし、間の取り方がいいって」
想太が、ニコニコしている。
「うん。なんかすごく嬉しい」
でも、実は、それ以上に、私は、『2人の声の組み合わせが絶妙にいい』と言われたことが心に残っていた。
実は、自分でも少しそう思っていたから。他の人からもそう聞こえていたのか、と思うと、やった~!って言いたいような気持ちになった。
想太の声と私の声。
大好きな想太の声と絶妙な組み合わせと言われた――――私の声。今まで、あまり思ったことがなかったけど、また一つ、大事なものが増えた気がした。
好きな人につながるものが、すべて大切なものに思える。
(これって、ほんとの『好き』ってことには、ならないのかな?)
私は、ちらっと頭の片隅で思った。
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