第12話  思いがけない言葉


「そろそろ、お昼にしない?」

 夢中でピアノを弾いていた私たちに、声をかけたのは、圭さんだった。

「カレー作ったんだ」

「やった~」

 想太が嬉しそうにバンザイしている。

「あのな、うちのカレーは、ボリュームすごいねんで。トッピングいろいろやねん」

 想太が胸をはる。

「え、いいんですか? 私までいただいて?」

「もちろん! 大勢で食べた方が美味しいでしょ。今日、お父さんやお母さんは? もし良かったら一緒に」 

「あ、仕事で2人とも出かけてます」

 なので、私は1人で、冷凍庫のものを適当に温めて食べようかな、と思っていた。

「そうなんだ……ざんねん。うちもね、佳也ちゃん、あ、想太のかあちゃんがね、研修で出かけてるんだ。みんなで食べたら楽しいし、みなみちゃん、一緒に食べよ」

 圭さんの笑顔が眩しい。


 ダイニングキッチンに行くと、テーブルの上には、いっぱいお皿が並んでいる。カレーのお皿が人数分並んでいるのを思い浮かべていたけど、違った。


「お好きなトッピングとサラダをどうぞ」

 圭さんに言われて、テーブルを見ると、めちゃくちゃ豊富な種類のトッピングやサラダが並んでいる。

 一口サイズに切って炒めたウインナー、刻んだゆで卵やオクラ、サイコロ状に切った豆腐、一口サイズのハンバーグ、茹でたブロッコリーやほうれんそう、レンコン、シメジやマッシュルームなどのキノコのソテー、福神漬け、シュレッドチーズ、などなど。

 サラダは、ツナときゅうりのサラダに、フルーツのいろいろ入ったヨーグルトサラダ。ポテトサラダも、美味しそう。


「好きなものを好きなだけとってね。カレーは、牛肉とタマネギと人参が入っているだけで、具は少なめなんで」

 そう言いながら、圭さんは、ご飯とカレーをお皿についでくれる。


「どれから食べよう」

 想太も嬉しそうにお皿を手にしている。

 私は、ゆで卵とブロッコリーとほうれんそうをのせた。

「サラダ、どれする? とったげるよ」

 想太が私に言う。

「じゃあ、フルーツサラダとキュウリとツナ。あ、やっぱりポテサラもいいなあ」

「じゃあ、オレと同じ、全部盛りで」

 ふと見ると、圭さんのサラダのお皿も全部盛りだった。


 3人で、びっくりするほど食べた。

「あかん~食べ過ぎた~」

「くるしい~。でも幸せ~」

 想太と圭さんが口々に言って、お腹をさすっている。満腹でお腹をさすっているアイドルとそのタマゴが、目の前で笑っている。

 2人の笑顔を見ていると、思わず言葉が浮かんだ。

「おいしいって、しあわせ……」

「それ! ほんとそうだよね。おいしいって、幸せなんだ」

 圭さんと想太と私、3人で笑い合う。



 3人で昼食の後片付けをした。圭さんも想太も手際がいい。あっという間に片付いて、想太の家を出る。

「送るわ」 想太が言う。

「え、でも」 同じマンションの同じフロアだ。

「あ、ついでがあるねん」

「あ、そうなん?」


 2人で、エレベーターホールまで来た。

「じゃ。……今日は、ほんとにありがとう。ごちそうさま」

 私は、想いを込めてお礼を言った。

 美味しいご飯もだけど、それ以上に、今日、私は、想太のおかげで、モヤモヤから一歩抜け出せた。劣等感だらけで、不器用な自分だけど、それも全部ひっくるめて、がんばってみようと思えたのは、想太の言葉のおかげだ。


 すると、想太は、うつむいて、ぽつりと言った。

「なあ。みなみ。……さっきさ、おまえ、自分のこと、……可愛くないって言うてたけど」

 そして、そこまで言うと、顔を上げた。想太の頬が赤い。

 薄茶色の丸い瞳が、真っ直ぐ私を見ている。目がキラキラしている。

(想太、何を言うつもりなのかな? 励まそうとしてくれてるのかな。大丈夫。私、もう元気だよ) そう思って、もう大丈夫、といいかけた、そのとき、

「……おまえ、可愛いから。オレにとっては、めっちゃ、可愛いから」

 真剣な声で、想太が言った。

「え、え、え……あ、あの、えっと」

 私が、うろたえまくっている間に、想太は、

「じゃ」

 短く言って、エレベーターの向こう側の廊下を走っていった。


(え? え? え? 今の、何? え~と。え~と……)

 頭の中で、想太がキラキラした目で言った言葉が、ぐるぐる渦巻く。何を言われたのか、その渦のせいで、よくわからない。

 

 突然の、思いがけない言葉にびっくりした私が、じわじわと嬉しくなってきたのは、自分の部屋に戻ってからだった。




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