第11話  大事な才能 


 翌朝、10時ぴったりに、想太の家のドアホンを鳴らす。

「おはよう。いらっしゃい!」

 出てきたのは、圭さんで、少し、びっくりしてしまう。

 でも、嬉しくなって、この前の舞台の感想を精一杯伝える。

「めっちゃくちゃよかったです。もう、自分でもびっくりするくらい泣きました。すっごくよかったです。感動しました。ピアノも素敵だし、朗読も、目の前にそのシーンが浮かんでくるようで……」

 話し出すと止まらない。思わず玄関先で、しゃべりまくってしまいそうになる。

 圭さんは、大きな薄茶色の瞳をキラキラさせてほほ笑むと、ちょっと高めの優しい声で、

「ありがとう。どうぞ入って入って」

 私を招き入れてくれた。

「あ、すみません。おじゃまします」

 私は、圭さんについて部屋に入る。

「そんな風に言ってもらえて、すごく嬉しいよ。がんばった甲斐あったな」

 圭さんは、ニコニコしている。こんなところも、想太に似ている。いや、想太が似ているのか。


 ピアノがある部屋は、防音室になっていて、その部屋から、想太が圭さんとよく似た笑顔で、手招きしている。

「おはよ」

「おはよ」

 

 ピアノの前で、2人並ぶ。

 今日弾く約束の曲は、この間の朗読劇で演奏された曲。主人公2人の出会いと、それからお互いの想いが、次第に恋へと進んでいくところで演奏された曲だ。

「この曲、連弾用のアレンジと、1人で弾く用のアレンジとあるけど、どっちにする?」

「連弾用のアレンジがいいな」

「よっしゃ。どっちのパート?」

「代わりばんこで弾こうよ。最初に、私、高音部の主旋律の方にする」

「じゃあ、オレ、こっちな」

 2人で、目で合図し合って、弾き始める。1カ所難しいところがあって、家で練習したときは、何度もつっかえて上手くいかなかったけど、今日は、気持ちよく弾けた。

 想太が、「お!」という顔になる。たぶん、想太も同じところが難しかったんだろう。


 弾き終えると、想太が言った。

「あそこ、めっちゃ難しいのに、すごくなめらかに弾いてたね。すごいやん」

「いや、練習では何回やってもつっかえてたの。だから、今、自分でもびっくりしてるよ」

「そうなんやあ。オレ、実は、まだどうしても、あのフレーズ上手く弾かれへんねん。せやから、ちょっと適当にごまかして弾いてしもた。でも、……みなみは、すごいよなあ。ちゃんと弾けるようになるまで練習するもんな。さすが、みなみや」

 想太が目をキラキラさせて言う。


(私がすごいって。さすが、みなみって。本気で言ってるの?)

 私は、なぜか少しイラッとしてしまった。

 想太は、ウソや皮肉でそんなことを言う子じゃない。それなのに、昨日から、自分自身にがっかりしている私は、想太の言葉をなんだか素直に聞けなかった。

 そして、思わず言ってしまった。

「なんで? すごいのは、想太でしょ。いっつも、ニコニコ笑いながら、どんな難しいことでも、さらっとクリアしていって。なんでも軽々スイスイできて。……そんな人に言われても」

 私は、少しムキになって、突っかかるような言い方になる。


 そんな私に、想太は少しほろ苦く笑った。

「……ちゃうって。オレ、何も軽々なんかできてへん。さっきも言うたみたいに、なんとなくそれらしくできてるみたいにごまかしてしまうとこあるねん。……詰めが甘いって、よう言われる」

「でも、想太、いつも、何やっても楽しそうで、笑いながらさらっとやれてる」

「……そやなあ。確かに、笑てる。でも、笑てんのは、余裕やからとちゃうよ。どうせやるなら、楽しい気分でやりたいなって思うからで、ほんまは、みなみほど根性ないから、あきらめそうになること、いっぱいあるし」

「……私、そんな根性なんてないし」

「ちゃう。根性あるよ。……みなみはさ、何かやるって決めたら、簡単にあきらめへんやん? で、ずっと努力続けるやん。オレ、それがすごいって、ずっと思ってきたんや」

 想太が真剣な顔で言う。


「……お世辞なんか言わなくていいよ。 私は、自分の好きな英語ですら、緊張したら上手くしゃべれないし、想太みたいに、ダンスが出来るわけでも、歌が上手いわけでもないし、誰からも好かれるような性格でもないし、しゃべるのが上手いわけでもないし、可愛くもないし、スタイルがいいわけでもないし……私には、何にもないもん。何一つ、才能なんかないし、すごいって言えることなんか―――何にもないもん!」

 だんだん自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。完全な八つ当たりだ。自分がうまく出来ないからって、何でも楽しそうにこなしてる想太がうらやましくて。いつも幸せそうな笑顔で、誰からも愛されている想太が、ただうらやましくて。

 

 自分にはないものをいっぱい持っている想太。

 そんな彼を好きだと思いつつも、私は彼がうらやましすぎて、だからよけいに、何もとりえのない自分が情けなくなってしまう。

 ……なんてみっともない、劣等感。

 涙が湧いてくる。想太には見せたくない、なさけない涙。あわてて、下を向く。


「みなみ」

 想太の声がする。優しいおだやかな声。想太の柔らかい関西弁が、静かにしみてくる。

「みなみが、自分で自分のことどう思ってるのか知らんけど、おまえ、ほんまにすごいやつやで。オレ、ずっとそう思ってきたよ。オレ、上手くいかへんとき、あきらめてしまいそうになること、しょっちゅうある。でも、そんなとき、みなみのこと思い出すねん。みなみみたいに、ちゃんと努力を続けられることって、めっちゃ大変なことやけど、めっちゃ大事なことやって」

 想太の声が、うつむいた私の肩の辺りで聞こえる。

「努力を続けられるのって、実はすごく大事な才能なんやって、父ちゃんやかあちゃんがいつも言うてる。やから、オレは、みなみのがんばる姿見て、自分もがんばろうって思ってきたんやで。何でも軽々やってるわけとちゃうで。ほんまは、いややなあ、無理~って思ってしまったりするねん。でも、みなみやったら、こんなとき逃げへんよな、って。そう思ったら、がんばれるねん」

 想太が、私の顔をのぞきこむ。

「みなみ」

「……う」

「みなみ」

「……うん」

「みなみ、こっち向いて」


 そっと顔を上げると、目の前に、想太の顔がある。めちゃくちゃ優しい顔。見てるとまた泣けてきそうなくらい。

「オレは、みなみのがんばってる姿を見て……がんばれるねん。オレが笑ったら、みなみが笑ってくれるから、オレももっと笑えるねん。なあ、みなみ。……せやから。せやから、泣かんとってや」

 想太の目が、まっすぐ私を見つめている。本気の目だ。

 想太の言葉が、心にしみてくる。自分には何もない、そう思って落ち込んでいた私の心にしみてくる。

「わあ~ん。むり。泣く」

 私は、わんわん泣いた。なんだか最近泣いてばかりだな、と思いながらも、泣いた。


 想太がうらやましいとか、自分が情けないとか、そんなドロドロした気持ちが、その涙と一緒に洗い流されていく。

 そして、思った。

 がんばろう。

 何も飛び抜けた才能はないけど、自分にやれることを、精一杯やり続ける自分でいよう。

 想太が私を見てがんばれると言ってくれた。私が想太を見てがんばろうと思っているように。

 上手くやれてもやれなくても、とにかく、まずは一生懸命やってみよう、今はそれでいいと思った。


「想太、ごめんね。昨日から、ちょっといろいろ落ち込んでて、モヤモヤしてた。だから、変なこと言って、八つ当たりして。……ごめん」

「だれでも、そういうときあるで」

 想太が、にっこり笑った。大好きな笑顔だ。

 その笑顔を見ながら、私は、心の中で叫んだ。

(想太。想太。やっぱり、想太が大好きだよ。まだ、直接言う勇気はないけど。でも、大好き。この気持ちが『ほんとの好き』なのかどうか、そんなのわかんないけど、今のこの大好きって気持ちは、まちがいないから)


 泣き止んだ私に想太が言った。

「なあ。今のパートで、もう1回、弾こか」

「うん。弾こう」

 

 指が気持ちよく動く。想太と私は、夢中でピアノを弾いた。連弾用の他の楽譜も出してきて、2人で弾きまくる。

 私、幸せだ。十分。

 





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