第10話 モヤモヤ
「なあ、みなみ。明日午前中、この前の楽譜の曲、うちで一緒に弾けへん?」
英会話教室の帰り道、想太が言った。
「うん。いいよ。でも、想太、ダンスのレッスンは?」
「ああ。それは、違うクラスになったから、夕方からになってん。やから、午前中は時間あるねん」
「そっか。じゃあ、何時にする?」
「10時くらい?」
「了解」
「じゃあ、また明日」
私たちは、マンションの同じ階のエレベーター前で、右と左に分かれる。想太の家と私の家は、同じマンションで、階も同じだ。ただ、同じ階とは言っても、エレベーターを挟んで、右左に分かれている位置関係なので、お隣さんというわけではない。
英会話は、私と想太の、唯一共通の習いごとなのだ。だから、私にとって、週に1回の英会話教室は、何よりの楽しみだ。もちろん、英語も好きなんだけど。
レッスンは、日本人の先生と、ネイティブの先生が、2人で教えてくれる形だ。
生徒はわずか8人なので、発音もとても丁寧に教えてもらえる。例えば、heard と hardの発音の違い、right やlight 、それぞれの発音のしかたなど、きちんと、その音が出せるようにコツを教えてくれて、上手く言えるまで、言い直しもさせてくれる。
私は、英語は好きだし得意な方なので、わりと自信はある。でも、話そうと思うと、うまく頭も口も追いつかなくて、言葉がなめらかに出てこない。文章の読み取りや単語の書き取りは得意なんだけど。
想太は、読み取りや単語の書き取り以上に、話すことが得意だ。得意というより、好きなのかもしれない。
人なつっこい笑顔で、どんどん相手に話しかけていこうとする。発音はいいけれど、流ちょうなわけではない。時々、考えながら、言葉に詰まったりもする。
それでも、相手は、そんな彼が言おうとしていることを推測して、こう言いたいのかなって助け船を出したりする。すると、彼は、そうそれ! と めっちゃ素敵な笑顔で、ほほ笑みかける。だから、相手もすごく嬉しくなって笑顔になる。
つまり、想太と会話すると、みんな笑顔になる。
熱心に自分の話を聞いて、嬉しそうに答えようとしてくれる子を見て、腹の立つ人はいない。先生たちも、想太が話すと、なんだかとっても嬉しそうで、満面の笑みで相づちをうっているし、他の生徒たちも同じだ。
そんなとき、私は、少し複雑な気持ちになる。
私は想太が好きだ。それなのに、なぜか時々、彼がうらやましくて、気持ちがへこんでしまうのだ。
人をうらやんでも仕方ない。私は私だ。私に出来ることを精一杯やればいい、なんて自分に言い聞かせてみるけれど、なんだかモヤモヤしてしまうことがある。
情けないけど、私は、想太に嫉妬してるのかもしれない。
そんなとき、私は自分の中の、少し薄暗い部分を見たような気がして、後ろめたくなる。自分のことを、ヤなやつだな、って思ってしまいそうになる。
想太は、そんな私のイヤな部分にも気づかずに、いつも爽やかな笑顔で、私に笑いかけてくれる。
(それなのに、私って、なんて心の狭い、情けないやつなんだ)
何でこんなことを、うじうじと考えているかというと、今日の英会話のレッスンで、私は、全然思うように話せなかったからだ。発音はともかく、言葉が出てこなくては、話にならない。しかも、焦るとついついうつむいてかたまってしまう。想太とは、真逆だ。
(想太はいいな……。なんで、私、想太みたいに出来ないんだろう……)
夜、ベッドの中で、今日のレッスンで、話したかったことを英語でつぶやいてみた。すらすらと、言葉が浮かんでくる。今なら、上手く言えるのにな。……情けない。
私は、ちょっとしょんぼりしながら眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます