第5話 放送当番
「あちっ」
想太が、言った。
「ほら、牛乳」 私は、大急ぎで、ストローを刺したパックの牛乳を手渡す。
「ありがと」
想太が牛乳で舌を冷やす。
今、私たちは、急いでいる。
放送委員の当番の日なのだ。とにかく早く給食を食べ終えて、放送室に行かなくてはならない。放送当番の日は、給食のトレーを持って、一番におかずをよそってもらう。想太と私は、今日の放送当番なのだ。
今日のメニューは、あんかけうどんと、豆腐ハンバーグ、野菜のおひたし。よりによって、うどん!
汁を飛ばさないように慎重に食べると、時間のロスが大きい。しかも、困ったことに、このあんかけうどん、やたら、熱い。
想太と私は、汁を飛ばさないように気をつけながらも、大急ぎでうどんをすする。でも、熱いものは熱い。
「あちあち」
想太も私も、必死だ。
「あんまり慌てなくていいから。ゆっくり食べなさい」
担任の先生は言ったけど、遅くなると、リクエスト曲をかける時間が減ってしまう。
「あちあちあち」
牛乳で舌を冷やしながら、どうにかこうにか食べ終える。
「行くで」
「うん」
『あるきます』とでっかく書いてある廊下のポスターを横目に、2人小走りで、行く。
放送室は、職員室の中から入るようになっている。職員室の入り口で声をかけて、入らせてもらう。
「こんにちは。お昼の放送の時間です。今日の1曲目は、4年の“ぽよぽよ”さんからのリクエスト、HSTの『飛行機雲』です。どうぞ」
想太は、走ってきたばかりでも、落ち着いた声で話し始める。いつ聞いても、上手い。
曲が流れ始めて、アナウンスボリュームを下げると、想太は、ほうっと息を吐いた。
「今日は、ちょっとあせったな」
「うん。うどんは、ちょっとやばかったね」
「また、汁とばしてしもた……」
想太が困り顔で、服を見下ろしている。たしかに、うっすら汁のあとがある。
「しかたないね。でも、カレーほどやばくないよね?」
「まあなぁ……」
想太はちょっと浮かない顔だ。
「何かあるの?」
「うん。今日はさ、かあちゃんと一緒に、とうちゃんの舞台、観に行くねん」
「学校終わってから直接?」
「うん」
「そっかあ。でも、たぶん、カレーと違って、ちゃんと取れるよ」
「そうかな?」
「うん」
安心したのか、想太は、今日の舞台の話をする。なんでも、朗読劇で、ピアノ演奏もするらしい。
「家で、練習してるの聞かせてもらってるけど、舞台でやってるところ観るの、楽しみやねん」
「それは楽しみだね。やっぱりチケットとか、お父さんが、用意してくれるの?」
「ううん。そんなんずるいやろって、かあちゃんが。やから、普通に、チケット申し込んで、はずれたら残念やけど行かれへん。でも、今回は、運良く当たったから」
「そっか。当たってよかったね」
「うん。めっちゃラッキー」
想太の横顔は幸せそうだ。こんなに幸せそうな想太を見ていると、胸がきゅうんとなる。そして、想太には、ずっと幸せでいて欲しい、なんて、上から目線かもしれないけど、お母さんみたいなお姉さんみたいな気持ちにさえなる。
HSTの曲が終わりに近づいて、想太が言う。
「次の曲は、みなみが紹介するねんで」
「え、そんな、まだむり」
実は、まだ私は一回しか曲紹介はしていない。初めてやったそのときに、めちゃくちゃ緊張して失敗してからは、いつも曲をかける係に回っているのだ。
マイクの前に座ると、なぜか頭の中が真っ白になって、しどろもどろになるので、想太が上手いのをいいことに、おまかせしてきた。
「大丈夫やって。せっかく、放送委員になったんやし。なれたらできるから」
「何しゃべったらいいか、わからなくなるもん」
「横から、小さい声でセリフ言うたるよ。その通りに言うたらええから」
「えぇぇ」
曲が終わって、想太は、マイクを私の方に向け、マイクのボリュームをゆっくり上げる。そして、顔を近づける。ち、近い。近いよ、想太。うろたえる私に気づかず、想太が私の耳元でささやく。
(お送りした曲は)
「お、お送りした曲は」 必死で言う。声がちょっとふるえる。
(HSTの『飛行機雲』でした)
「HSTの『飛行機雲』でした」 心臓がバクバクいってる。
(次の曲は)
「つ、次の曲は」
(6年生の、“トトロ”さんからのリクエストで)
「6年生の、と、“トトロ”さんからのリクエストで」
(『さんぽ』 です。どうぞ)
「『さんぽ』 です。どうぞ」
想太が、マイクのボリュームをさっと下げる。曲が始まる。
私の心臓は、まだバクバクが止まらない。マイクの前に座ったせいというより、これは、別の理由だ。―――まちがいなく。
「ほら。できたやろ? ちゃんと上手く言えてたで」
想太がにっこり笑う。薄茶の丸い瞳がキラキラしている。
その破壊力……! とどめをさされて、私は、思わず、つっぷす。
「どうしたん? みなみ? 大丈夫? やっぱ、緊張した?」
すぐそばで、想太が心配そうに言う声が降ってくる。
「なあ? みなみ。……大丈夫?」
「……だいじょうぶ、じゃないかも」
やっとの思いで答えて、顔を上げると、想太が心配そうな顔をしている。
想太ってば。……困ったやつ。 私は、そっとため息をつく。
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