第4話  わかってなさそう……。


 想太が本を読んでいる。  

 算数の授業中だけど、今日はテストなので、早く終わった人から、チャイムが鳴るまで、自由に本を読んでいいと言われている。

 想太は算数が得意なので、あっという間にテストを終わらせて、さっさと机の中から本を取り出して読み始めた。私も、わりと早く終わって、今、本を開いたところだ。

 本を読むフリをしながら、そっと横目で、想太の横顔に視線を注ぐ。きれいな横顔。まつげが長い。時々、フフと笑っている。

 彼が今読んでいるのは、『空想科学読本』(柳田理科雄著・角川つばさ文庫)だ。アニメやマンガや絵本などの有名なシーンを取り上げて、現実にそれをやったらどうなのか、ということを科学的に分析していて、面白い。うちのクラスでも、男女問わず人気の本だ。


 私が今、読んでいるのは、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』(金井真紀著・岩波書店)ということわざの本だ。36言語の面白いことわざと、それにまつわるエピソードや解説がのっている。

例えば、ロシアのことわざ、『きのこと名乗ったからには、カゴに入れ』なんて、きのこを擬人化してて、ちょっと可愛いと思うけど、意味は、『言い出したことは最後までやりとげろ』という意味なんだそうだ。

 決意に満ちた表情で、カゴに飛び込むきのこが思い浮かんで、なんか可愛い、と思ってしまう。一度どこかで使ってみよう。

 他にも、ちょっと変わったことわざがいろいろのっていて、楽しい。


 この本は、想太のお母さん(彼は『かあちゃん』と呼んでいる)に貸してもらったものだ。想太のお母さんは、学校図書館司書だ。昔、本屋さんで働いていたこともあるそうで、とにかく本好きだ。

 想太も本は結構好きみたいだけど、「小さいときとは、だんだん好みが変わってきた感じ」とお母さんは言っていた。

 私が、お母さんのすすめてくれた本を、次々喜んで読んでいると、お母さんも喜んで、どんどん本を貸してくれるようになった。シメシメ。……いや、別に、遠い未来のおシュウトメさんとうまくやろう、なんて野望は……う~ん。ちょっとだけ、あるかも。


 チャイムが鳴った。

授業の終わりの礼がすんだとたんに、想太は、クラスの男子たちと、外へ飛び出していく。サッカーをするのだ。


「ねえ、想太くん、何の本読んでた?」飛ぶようにやってきたナナセが言う。

 彼女の席からは、よく見えなかったようだ。

「あ、えっと空想科学読本」

「何巻?」

「えっと、さあ?」

「ちゃんと見といてよ。あとで、図書館に予約入れるから」

「自分で、想太にきいたら?」

「あ、そうか! その手があった! ……どうも、ファンクラブ気分にはまりすぎて、自分から本人にきくっていう発想がうかばなかったよ」

 ナナセが笑う。

「なるほど」

 2人で笑いながら、ふと見ると、窓際のあちこちに、運動場を見下ろしている女の子たちがいる。ミヤちゃんもその中の1人だ。まさか、みんながみんなが、想太を見ているわけではないと思うけど。運動場には、クラスの子たちと元気いっぱい、走り回る想太の姿がある。


 チャイムが鳴って、嵐のように、男子たちが走り込んでくる。

 自分の席に座った想太は、汗だくだ。そして、何かをさがして、カバンの中や、机の中をゴソゴソしている。

ハンカチ、忘れたな。たぶん。


「はい。これ」

 青いタオルハンカチを渡す。

「想太、汗だく。これ、予備のやつだから、そのまま使ってていいよ」

「え? ええの? ありがとう」

 受け取ったタオルハンカチで、汗をふいて、想太はホッとした顔になった。

 そして、言った。

「あ、そうや。みなみ。かあちゃんが、近いうちにうちにおいでって言うてたで。なんかおすすめの本があるらしい」

「あ、ほんと。ありがとう」(今、言うなよ。想太ってば……)

 何気ないフリで、そう答えたものの、女子たちからの視線が痛い。

 想太、わかってる? ……わかってなさそう。

 

「なあなあ、みなみ。そういえば、この前のカレーのシミさ、なんとかとれたで」

「よかったね。あのパーカーお気に入りって言ってたもんね」

「うん。もう今度から、カレーの日には、お気に入りは着んようにしようと思って。毎日、給食のメニュー、ちゃんとチェックしてるねん」

「ビーフシチューやミートソースもキケンだよ」

「そうか。そやな。でも、今日は、からあげやから、大丈夫」

「お。今日、からあげ? やった~」

 横から、同じ班の田沢君が言った。

 男子たちは、からあげ、からあげ、と嬉しそうだ。いや、私も好きだけどね。


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