第3話  2人のヒミツ


 「……HSTの『会いたいと思うことは』をお聞きいただきました。放送委員会では、たくさんのリクエストをお待ちしています。では、今日の放送はここまで。Thank you for listening.」

 

 放送委員の声が響く。


 今は、昼の給食の時間だ。

HSTの歌が終わって、想太のスプーンがやっと動き出した。HSTの歌が流れている間、想太は、食べるのをやめて聴き入っていた。


「ほんとに大好きなんだね。HST」

私が言うと、

「うん。好き。めっちゃ憧れてる」

想太は、私の言葉に力一杯うなずいた。


 HSTというのは、人気アイドルグループだ。メンバーは、20代後半から30代半ばくらい。私たち、小学生からしたら、ちょっとオジさんといえる年齢。

 でも、歌っている彼らを見たら、そんな考えは吹っ飛んでしまう。めちゃくちゃカッコいい。歌もダンスも、圧倒的にうまくて。それでいて、バラエティー番組では、わいわいわちゃわちゃの、楽しさ全開で、見る人をひきつける。想太が、憧れるのも、むりない、と思う。


「この歌、父ちゃんが、作曲したやつやねん。ちょっと切ないけど、オレ、めっちゃ好きな曲やねん」

「いい曲だよね。給食中じゃなくて、家でひとりで聴いてたら、絶対泣いてると思う」

「うん。そやな」

 同じ班の子たちも、うんうんとうなずいている。みんな想太のお父さんのことは知っているのだ。

 教室の向こう端からナナセ、隣の班からミヤちゃんの視線が飛んでくる。ただし、私の方ではない。嬉しそうにスプーンを握って、カレーを頬ばる想太に、彼女たちの視線は向かっている。給食中は、授業中と違って、思う存分よそ見していられるからだ。


 実は、想太のお父さん(彼は『父ちゃん』と呼んでいる)は、HSTのメンバーなのだ。カッコよくて可愛い、と言われている。

 5年ほど前に、放送された天才ピアニストの役を演じたドラマが、めちゃくちゃヒットして、それ以来、子どもからおじいちゃんおばあちゃんにいたるまで、幅広い年代の人たちに人気がある。

 想太は、そんなお父さんをとっても尊敬していて大好きで、『いつか、自分も、父ちゃんみたいなアイドルになりたいねん』と、以前、私に話してくれたことがある。

 想太の、この夢は、まだ、他の子たちは知らない。

「まだ、誰にも言わんとってな。まだまだ修行中やし。そのうち、いつかは、みんなにも言うけど。今は、まだ、みなみとオレ、2人だけのヒミツな」


 ヒミツ。

 いまだかつて、これほど、心ゆさぶる言葉があっただろうか。

 秘密。ヒミツ。ひみつ。

 どう書いても、グッとくるじゃないか。

(まかせて、想太。 私、このヒミツ、おばあさんになっても墓場まで、持って行くから。――――あれ? ……そんなに長いヒミツでいいのか?)


 そんなことを考えていると、向かいの席から想太がぽそっと言った。

 「なあなあ、みなみ。ウェットティッシュ、持ってる? ……カレー飛ばしてしもた」


 彼は、お気に入りだと言っていた、パーカーのお腹のあたりを、困り顔で、見下ろしている。

 「あ~あ~。ほら、これ」

 私は、机の中から、取り出したウェットティッシュを大急ぎで渡す。ほんとは、拭いてあげたいけど、そんなことしたら、えらいことになるから、渡して見守るだけだ。でも、思うように取れなさそうだ。

  

 「なんかあまりとれへん」 不安そうな想太。

 「う~ん。ちょっとあとが残るかもね。廊下の手洗い場の石けんで、すぐに洗えばなんとかなるかも」

 「そうかな? 行ってくる」

 そのとき、給食時間終了のチャイムが鳴った。

 「あ、食器片付けなあかん」

 「いいよ、やっとくから。早く行ってきたら。こういうのは、スピード勝負よ」

 「ありがとう」


 想太の食器を自分のに重ねていると、方々から飛んでくる視線が痛い。今度は、その視線は、まちがいなく私に向かっていた。 

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