殺し屋請負

米山

殺し屋請負

 という依頼を受けたのは四か月前であった。期日まであと二月を切っていることは把握していたが、別の依頼も立て込んでおり今はそれどころではない。このままだとかなりまずいことになる。

 私の業績は業界でもトップであった。信用が肝要なこの世界では、たとえどんな状況でも期日を落とすわけにはいかない。このような簡単な仕事を落として凋落する同業者を私は幾人も見てきた。

しかし、今回ばかりは本当に時間がない。元はと言えば私のスケジュール管理不足が原因であるとも言えるが……。

 他の依頼はトップシークレットの五類依頼が二件に、同業者の八犯依頼が一つ。仕事がひっきりなしに舞い込んでくることは有り難かったが、弟子も部下も採用しない私には少し荷が重い。唯一頼ることのできる専属秘書は二月前から別の依頼に出突っ張りだ。だからこんな羽目になる。

 私は仕方なく元相棒に連絡を取る。

 彼はおおよそこの仕事に向かない軽率な男であるが、私の認める数少ない実力者でもあった。ただ、あまりに浅慮な行動が目立つため彼に依頼する顧客はあまりいないということも一つの事実だ。

 彼に依頼を任せるのは甚だ不本意であったが、背に腹は代えられない。

 私は彼の番号にダイヤルを回す。

――よう、私だ。

――おう、どうした。珍しいな。

――仕事の依頼だ。

――おいおい、本当にどうしちまったんだ。

――今は本当に手が詰まっていてな……、お前の腕しか信用できない。

――ははーん、なるほどね。猫の手は借りられないわけだ。

――私は猫に仕事は任せない。

――オーケー、オーケー。それじゃ、ファックスで送っといて。よろぴく~。

――おい、本当に大丈夫か? 頼むから、しっかりとやってくれよ。

――はあ、分かってる。だいたいお前、俺が任務に失敗したことは一度もないんだぜ。

――私のフォローがあったからだろう。……報酬は元の依頼額の九割だ。よろしく頼む。

――了解リョウカイ。大丈夫、任せときなって。

 俺は電話を切る。

 まったく、久しぶりに電話をかけてきたと思ったら仕事の依頼だ。あいつはどうも生真面目すぎる節がある。まあ、安定した依頼が来ない俺にこうして仕事が回ってくるのは有り難い話であるが。

 俺はソファから腰を上げる。そしてファックスから送られた依頼の内容に目を通した。

 屋外×、昼間×、毒×、火器〇、情報なし……。

 面倒な依頼を持ってきやがって。なんだか全てがどうでもよくなって俺は紙を丸めてゴミ箱へと放る。こんな依頼を受けるのは止めだ。

 ……こんなことばかりしているから仕事に困る。

 あいつが俺とのバディを解散したのもそういう理由だろう。俺の方に技術の分はあったため実際どうにでもなると思っていたが、どうにもならん。一人で仕事をこなすと証拠の隠滅が荒いだとか、目撃者を放置しただとか、協会は小さなことを延々、グチグチと……。おかげで俺はこうして残りの金勘定をしながら生活しなくちゃならない。貯金も少なくなってきた。

 まあ優秀な弟子をとってある程度雑務を押し付けるようになってからは、そこそこ仕事も来るようになったが……。

 そうだ、あいつに一切を任せてしまおう。あいつは一線で活躍するにはまだまだ実力不足だが、他ならない俺に師事しているのだ。いつか一流になるに決まっているし、その資質だってあるはずだ。ちと一人では荷が重い依頼であるかもしれないが、獅子は我が子をなんちゃらなんちゃらと云うじゃないか。

 弟子にメールを打つ。

『やっぴー、おはよう。仕事の依頼』

『依頼書、確認しました。計画はいつ立てましょう? 明日の昼頃なら空いてますよね』

『俺はよく考えた。これはお前だけでやるべき依頼だと。お前も成長しなくてはいかん』

『はい? え? 僕だけ?』

『大丈夫、大丈夫。なんとかなるよ』

『いや、そもそも、無理です。なんともなりません』

『じゃあ、まあそういう訳だから。報酬は俺が三割持ってって、七割でよろしく』

『よろしくじゃないです。無理です』

『頑張ってね~(笑)』

 冗談じゃなかった。また師匠の気まぐれ。

 僕は彼に師事していることを悔いたことはないが、それでも「別の道があったかもなあ」と飲み下してしまいたくなるような想いが頭を掠めることはある。

 杜撰な計画の練り直しや、ターゲットの周辺情報収集、後始末、先方とのやり取り、その他諸々は僕の仕事だ。いつも適当に済ませる彼の尻拭いを何度行ったことか……。僕は常に胃を悪くしている。

 しかし、彼とて一流の仕事人だ。技術の粋を結集させたような仕事ぶりは最早芸術の粋である。僕もそんな彼に憧れて師事を志願したわけだけれど……、これじゃ雑用係とか秘書とかと変わらないじゃないか。

 結局、都合の良い阿呆弟子だとしか思われてないのだろう。

 と、思ったら突然これだ。なんの手引きもなく依頼を最後までやり通せと言う。

 今回ばっかりはいくらなんでも急だと思う。情報を集めるまではいつものことだけれど、実践は初めてのことだ。「見て盗め」と彼は言うが、常人離れした彼の仕事ぶりは何の参考にもならない。座学だけしてセンスもない頭でっかちな僕には、初回の依頼で成功させるなんてことはまず無理だろう。

 僕はため息をつく。しかもかなり失敗できない類の依頼じゃないか。

 たしかに、いつかは僕も一人前にならなきゃいけないわけだけど、それは今じゃない気もする。

 僕は同じ仕事を生業に持つガールフレンドのこと思い出す。彼女は凄腕らしいので今回の依頼だって造作もなく引き受けてくれるだろう。

「どうしたの? こんな夜遅くに」

「実はハニーに折り入って頼みごとがあるんだ」

「えぇー、今から会いたいとか、愛の言葉を囁いたりとか?」

「ちょっと、今回は仕事の話なんだ。僕の仕事、知ってるだろ?」

「ふうん、へー。すぐ仕事の話。ま、いいけど」

「助かるよ、ハニー。ハニーしか頼れないんだ」

「私がいないとダメね、ダーリンは」

「うん。君がいないとダメなんだ。報酬は五割でいいかな?」

「そんなこと気にしないわ。その代わり、今度はきちんと、ね」

「うん、わかった。約束する。それじゃおやすみ、マイハニー。愛してるよ」

 マイハニーだって。ダーリンのそういう気障ったらしいところが阿呆っぽくて好き。

 私はダーリンにぞっこんだけど、実際のところダーリンはどう思っているんだろう。私の事都合の良い遊び相手くらいにしか思ってないのかなあ。

 それでも、まあ仕方ないかな。だって私も私でダーリンに好かれるためにいっぱい嘘を塗り重ねているわけだから。ダーリンは気づいているのかしらん。

 私はダーリンから送られてきた依頼書を眺める。気付いてるわけがないな。こんなの送ってくるんだもんね。実はダーリンの仕事はあんまりよく知らないけど、復讐屋みたいなものかしら。適当に話を合わせてたから分からないけど、ダーリンは私のことその道のプロだと思っているみたい。

 阿呆らしくて笑っちゃう。ほんと可愛いなあ。

 でも、ダーリンに尽くしてあげたい気持ちは本物。私が初めて手にした恋なんだから、できる限りのことはしてあげたいな。

 私は依頼書に目を通す。ターゲットは大の成人男性。そんな人にか弱い乙女が敵うわけないじゃない。どうしましょう……、そうだ。

 私はダーリンに次ぐ二番目の恋人を呼び出します。彼は腕っぷしが強いから、頼りになる。

「こんばんは」

「よう、どうした」

「ちょっと話があるんだけど」

「何だよ、改まって」

「なに、別れ話じゃないんだからそんな強張った声しないの」

「はあ? それで、なに」

「ちょっと手伝ってほしいことがあってね。懲らしめてほしい相手がいるの」

「なんだ、そんなことか。どうした? お前、なんかされたか?」

「そんなんじゃないのよ。ちょっと、ね。お願い」

「まあ気が乗らないけど。いいよ、それくらいなら」

「ありがと。報酬は元の依頼の三割あげるわね」

「おい、そんなことはいいからさ……」

「もう、せっかちなんだから。この仕事が終わったら十分に抱かせてあげる」

「俄然、やる気が出てきた」

「ふふ。わかった、わかった。じゃあよろしく頼むわね」

 俺は彼女から送られたファイルを開く。なんだこれ?

 ターゲット、その周辺情報、期日……云々。

 よく分からないが、コイツを懲らしめればいいのだろうか。あいつは復讐屋でもやっているのか?

 俺は腕っぷしには自信があったが、あまり関係のない相手に対してその暴を振るうことを潔しとしなかった。そりゃ、舐められたり、喧嘩を売られれば話は別だが、一方的にコイツを痛めつけるというのは少し抵抗がある。

 じいちゃんも言ってたな、義理堅くなれって。

 俺はしばらく考えてから舎弟を数人呼び出す。よく分からないが、コイツに復讐したという事実があればそれでいいのだろう。

「どうしたんすか、兄貴」

「いや、ちょっとな。そう、アイツ。アイツか。今出てきたアイツ」

「アイツがどうかしたんすか?」

「いや、ちょっとな。ちょっと懲らしめてこい」

「喧嘩でも売られたんすか? 兄貴が直接シバき倒せばいいのに」

「まあそう言うな、ちょっと事情があるんだ」

「へえ」

「なに、ちょっとでいい。肩パンとか、あの気前の良さそうなスーツを汚してやったり」

「ボコボコにしなくていいんすか」

「それは可哀そうだろう」

「はあ」

「まあ、とにかくよろしく頼む」

「変な人だ、やっぱり」

「今晩おごってやるからさ」

「まじすか!?」

「ああ、まじ」

「どこでもいいんすか?」

「高すぎなきゃな。ほら、アイツを見失うな」

「了解です。あの路地裏で、ちょっと脅してきますわ」

「あんまり乱暴するなよ!」

 俺はそいつを路地裏に連れ込み肩を一発、腹を二発殴る。持ってたジュースをスーツに掛けてやり、ついでに財布から金も抜き取ってやった。

 男は死神を見たかのような形相をしていたが、俺がカツアゲだけで済ませると奇跡でも起こったかのような顔をする。なんだコイツ。

 こんくらいで、よかったもんかなあ。

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殺し屋請負 米山 @yoneyama

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