第二次ロサンゼルス暴動
犯行声明がネットに流されてから、アメリカで起こったのは混乱であった。
マンハッタンの地に来たテロリストと同じか、似たような鬱憤や願望を溜めこんだ者達がそこかしこで騒ぎ出したのだ。
マンハッタンのテロ行為以前にブルックリン橋爆撃事件によって起こされた大規模なデモや抗議運動が、既に各地で発生していたのだが、マンハッタンとまではいかずとも州軍が出動する事態にまで発展したのだ。
特に過激な活動が目立ったのは、ニューヨーク州マンハッタンとは反対の位置にあるカリフォルニア州ロサンゼルス市だった。
米国内で人口がニューヨークに次いで二位の都市であるが故、ニューヨーク以上に移民が目立つ。それに、1992年には人種間の問題が発展したロサンゼルス暴動が起きている。
しかも、かねてよりの不況でホームレスや現政府に不満を持つ者が増大し、それに伴う治安の悪化によりギャングなどの言わば暴れたがりな連中も増えていた。
なので、暴動が起きるのは当然と言えば当然であった。
ロス市はニューヨークの二の舞にはならぬと、暴動の初期時点で州兵に出動要請を掛けると同時に、ロス市警へ発破を掛ける。
「警察としては、暴徒を殺さずに暴動を鎮圧するのが人道的、社会的であろうが、それは国家運営という面からすれば理想論の綺麗事に過ぎない。反社会的行動を取り、国家が定めた法を犯した瞬間から、市民ではなくなり国家の敵となる。警察が守るべきは無辜の市民であり、人権で守られた犯罪者ではない」
市警本部長の元へ掛かってきた、ロス市長からの電話。
それは以上の内容だった。市長による暴徒の殺害許可とも取れる発言に、本部長は思わず聞き返したほどだ。
「それは……本音ですか?」
「本音だ。マンハッタンの現状は、君も知っているはずだ。観光客も含む死者は現段階で千人弱。情報が乏しい段階でこの数なら、最終的には万を超えるだろう。軍を治安出動させておいてこのザマなのは、相手を犯罪者ではなく人権に守られた市民だと勘違いしたからだ。もっと早く、それこそブルックリン橋が吹っ飛んだ直後から、
「はぁ……しかし……」
「全ての責任は私が取る。ロサンゼルス市民のトップとして、命令する。デモ隊を警察力の最大限を尽くして排除せよ。書簡は後で届けさせる。以上だ」
有無を言わさぬ姿勢に、市警本部長も折れざる負えなかった。
せめてもの抵抗と言えば記者会見を開き、市長と自分の共同で「警察力の全力を尽くしての暴徒排除」を宣言したことだ。
死なばもろとも、である。
この宣言は、暴徒に対して社会や警察の横暴という団結理由を与えることになるも、暴動に参加していない一般市民からすれば、警察の横暴よりも暴動によって被る被害や損害や迷惑の方が切実であり、またどんなに暴徒が傷つこうが暴動に参加していないうちは安全が保障されているので、市と警察の宣言を黙認、または積極的に受け入れた。
中には、宣言後に「暴徒排除の際には、来てくれれば自分の店の弾をタダで提供する」や「ウチの店に来れば、冷えた飲み物とドーナツくらいならサービスする」というような物質的なフォローを約束する電話を掛ける者も。
こうして、真の愛国者による犯行声明発表から五時間後。
ロス市警警備部所属のSWATと機動隊を主力とし緊急作戦課、緊急対応課、航空隊によって編成された警官隊もとい「決死隊」が出動する。
航空隊のベル206は大通りを南下し、破壊の限りを尽くしながら、市庁舎へと行進する暴徒達を捉える。
『マクロス7から本部。暴徒の数はおよそ二百、現在も増加中。鉄パイプ、火炎瓶、銃器等で武装している模様』
『本部からマクロス7。了解。引き続き、監視を続けろ、オーバー』
それから決死隊は、暴徒達が進んでいる大通りへと到着した。暴徒の先頭から約二キロの場所だ。その距離は暴徒が所持していると思われるライフルの最大射程であり、警察官の安全を確保するための初期配置であった。
現場に着いて早々、撃たれようものなら士気に関わる。
そして、警察官のフォーメーションもまた普段と違っていた。
立ったままの全身が隠れる防弾盾をほぼ隙間なく敷き詰め、僅かに空いた隙間からAR-15ライフルの銃口を生やす。
暴徒側の攻撃をほぼ完璧に防ぎ、逆に警察側から一方的に攻撃できるようになっている。
SWATの装甲車に載せられた無線が鳴った。
『マクロス7から決死隊へ。暴徒、そちらへ接近中。距離、およそ一キロ』
決死隊の指揮官が双眼鏡を覗き、その姿を確認する。
暴徒は、ホームレスに学生、中年に市販の迷彩服を着た青年と、何もかもバラバラな集団だった。
彼らをまとめあげているのは、カリスマの存在でも同一のイデオロギーではなく、他者へ暴力を振るうことによって生まれた一体感のみ。
殺気立っているのは一キロ先からでも分かるが、それは統制の取れた暴力によって発せられる威圧感ではなく、暴走に暴走を重ね制御不能になった集団心理の成れの果てであった。
『距離約五百』
ヘリからの報告を受け、指揮官はマイクを口元へやった。
「こちらはロサンゼルス市警である。貴君らは、現在進行形で合衆国が定める法を侵害している。速やかに武装を解除し、投降しなさい」
指揮官の声が、装甲車上部に取り付けられた拡声器から広がる。
「我々の指示に従わない場合、市民の安全の保障と警察官の安全確保を目的とした射撃を行う。繰り返す、速やかに武装を解除し、投降しなさい」
それに対する答えは――銃弾や火炎瓶だった。
防弾盾に弾が当たって鈍い音を立て、アスファルトの上にオレンジ色の炎が幾つも生まれた。石も飛んできたが、流石に数百メートル先には届かず路上に落ちるだけだ。
『約三百メートル』
「総員、安全装置解除」
この距離になると、盾に当たる銃弾の数も多くなってくる。
『約二百七十メートル』
「構え! ……撃て!」
瞬間、何十丁ものAR-15が火を吹く。
飛翔する5.56ミリ弾は、十数人もの暴徒の身体や頭部に命中した。
体内に侵入した銃弾は、高速で進む中でバラバラになり、体組織をズタズタに引き裂いていく。
警察による銃撃はこの一度に留まらず、二度、三度と続いた。
生き残った暴徒も慌てて応戦するが、防護盾の間を縫うように撃ち抜く腕前を持つ者はいなかった。
一方的な蹂躙を前にして、暴徒は暴徒でなくなった。
武器を放り出し、回れ右で、仲間を見棄てて走り出したのだ。
大通りでの敗北以降、暴徒の何人かはゲリラ的に攻撃を仕掛けたもののその全てを悉く退けられた。
最終的に、暴徒側の死者は五十人強、負傷者は百人弱。
ロス市警側の死者はゼロ、負傷も射撃時に飛んできた自分の薬莢で火傷した等の軽微なもののみで、人数も二十人を切った。
市民側には重傷者も多数出たが、死者は一名のみ。
物損被害も多数報告されたものの、92年の暴動に比べればかなり抑えられていた。
警察と市の強烈な一撃により、ロスはもとよりカリフォルニア州全体で暴動は沈静化の動きを見せていた。
しかし、暴動が完全に収まったわけではない。
おっとり刀で来た州兵が市内に展開するのを眺めながら、市長は独り言ちる。
「ここで勝っても、NYの作戦が失敗したら……。この国は間違いなく崩壊する」
そう言う彼のデスクには、離職の願いをしたためた紙が置いてあった。
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