犯行声明

 司令部の人間の大半が、パソコンのモニターに釘付けとなっていた。

 その中には、海兵隊のワッペンを付けた迷彩服を着た士官もいる。日の入りに海兵隊が到着すると言っていたのを、ぼんやりと思い出す。

 俺は人だかりの後ろに立ち、自分の身長を活かして画面を上から覗き込んだ。

 画面にはカウボーイハットを被り、ヒゲをペンシル型に整え、バンダナを首に巻いた白人の初老男が映っていた。ガキの頃、テレビでやっていた古い西部劇のガンマンやカウボーイを彷彿とさせる格好だ。

 顔を真っ赤にして、何かをがなり立てているが音量が小さいせいでよく聞こえない。

 顔色と激しいボディーランゲージのおかげで、何かに怒っているのは分かるが。

 音量を上げてくれと頼もうとした矢先、マリアがシャツの裾を引っ張った。


「浩史」

「なんだ」

「あっち、パソコン用意してくれてる」


 彼女が示す方では、兵士がせわしなく大きめのモニターに配線などを繋げていた。


「よっしゃ」


 場所を移し、よく見える位置を陣取る。

 程よく人が集まったところで、機材のセッティングをしてくれた兵士が犯行声明を再生する。

 最初に映ったのは、セントラルパークの芝生広場に設置されていた移動司令部跡だ。見える範囲では焼けて穴が空いたテントや、ひっくり返った机やパイプ椅子がある。

 画面右端から、例の初老の男が現れる。

 画面との距離が近くなったことで、よく見えていなかったあたりが分かるようになった。

 男はライフルを手にしていた。服装ままの西部劇に出てくる、古いウィンチェスターのレバーアクションライフルだ。


(コスプレにしては本格的だな)


 どんなに気合が入ったコスプレイヤーでも、実銃は用意しないだろう。だから逆説的に考えれば、男は何か思うところがあって西部劇の格好をしているはずだ。

 男が口を開く。


『我々はトゥルーパトリオットだ』


 トゥルーパトリオット。意味するところは、真の愛国者だ。そして、テロリストの組織名だ。


『我々は、常に虐げられてきた。この国に巣食う、インテリ共にだ』

『連中は、常に自分やそのお仲間だけが得をするように、この国を作り変えてしまった』

『そのせいで、この国はおかしくなってしまった。我々のような、真の愛国者が無視され、捨てられるような国になってしまった!』

『LGBTやらSDGsやらを語り、さも自分達が高潔な人権意識を持った、平等で優れた人間であると驕っている』

『だが、本当に世のため人のため、アメリカのためと思うのなら、黒人やアジア人や非生産的な同性愛者など排斥するべきで、一人でも多くの国民を食わすには発電所や工場を動かさなければならぬのに、環境保護とやらで閉鎖に追い込み、挙句我々のようなブルーカラーやお国のために立派に戦った兵士を、無学な貧乏人と見下してくる!』


 ここで見覚えのあるシーンになった。


『我々が、連中の生活を支えているというのにだ!』

『連中が食べている飯は誰が作っている? 携帯電話は誰が使えるように設備を整えている? インフラは誰が整備している? 言ってみろ!』


 男は唾をこれでもかと飛ばし、日に焼けた顔面全てを使って怒りを表現している。


『フロンティアスピリッツを燃やし、このアメリカの地を開拓した白人の子孫らである我々こそが、真の愛国者なのだ!』


 男のこの発言で、俺はピンときた。男は西部劇のコスプレをしているのではなく、自分をまんま西部開拓時代のカウボーイだと思っているのだと。

 それに気が付いた俺の口からは、冷笑が漏れた。馬鹿馬鹿しいとしか思えなかったのだ。

 時代錯誤にもほどがある。

 男の言葉にも一理はある。これはアメリカに限らず先進国ならそうだが、エリートやインテリ層が肉体労働者や第一次産業の従事者を馬鹿するのはよくあることだ。

 職業に貴賎なしとは言うが、それは綺麗事であり、その言葉が生まれた江戸時代の日本は人口の八割が農民だった。だからこそ、そんな言葉が出来たのだろう。自分達の心や立場を守るために。

 当然ながら、自分のことを馬鹿にされて喜ぶ奴などいない。彼らの怒りも、その面だけなら理解も納得もできる。

 しかし、他はどうだ。特に人種差別に関しては、俺が日本人つまりアジア人である以上、看過できない。

 初老の男の顔面を目に焼き付け、会った時にすぐにぶん殴れるようにしておく。

 戦場において、躊躇こそが一番の敵だ。


『我々の言葉を、冗談だと思っている人もいるだろう。……冗談じゃないことを見せてやろう』


 カメラがズームアウトされ、男の全身が映った。

 赤いチェック柄のウェスタンシャツに、革製のチョッキ、ジーパン。腰には拳銃が収まったホルスター。

 拳銃はグリップとホルスターの分厚さから見るに、シングルアクションアーミーだろう。

 ここは現代のマンハッタンで西部開拓時代の街じゃないというのに、ここまで気合を入れるとは。呆れると同時に、哀れにも思える。

 そんな哀れな男の動きに合わせてカメラも動き、レンズにスーツ姿の男女が四人映る。

 皆一様に縛られており、猿ぐつわを噛まされていた。

 人種も白人は一人もおらず、黒人やらヒスパニック系やらアジア系だった。

 

『こいつらは、大学出のインテリだ。小綺麗なスーツを着て、快適なオフィスで呑気にデスクワークをしていやがる。汚い仕事を、俺達に全部押し付けてだ』


 男はトリガーガードと一体化したレバーを前へ動かし、コッキングする。

 男が何をする気か。動画を見ていた面々は、俺を含めて察したらしい。


『今ここに予言する。このマンハッタンを皮切りに、アメリカは生まれ変わる。我々が渇望する、古き良きアメリカにだ』


 男は言い終わると、ライフルを構え、右から順に縛られた人々の頭部に弾丸を撃ち込んでいった。

 最後に撃たれた者が芝生の上に倒れると同時に、動画は終わる。


(……上等じゃねぇか)


 怒りとも興奮とも付かない感情が、胸の奥から湧き上がってきた。

 真っ暗になったパソコンのモニターには、獲物を前にした肉食獣のような獰猛な威嚇の表情を浮かべた俺が反射していた。

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