君のヤる気スイッチ
オークリーを改めて医者に任せ、研究棟を出て寝ていた教室へと戻った。
教室には既に水のケースが届けられており、皆それの相伴に預かっている。
教室を出た時より、寝ている奴と起きている奴の割合が逆転しており、マリアも眠たげだが起きていた。
「おはよ……」
櫛をかけてないのでボサボサになった金髪、重そうなまぶた、後になるにつれ小さくなる声。
大学の外は戦場で、つい数十メートル離れた研究棟では命がこの瞬間にも消えようとしているのに、俺の目の前には日常があった。
不思議な気分だと思うと同時に、修羅場と日常の区別さえもつかなくなりだした脳ミソを抉り出したくなる。
流石に頭蓋骨をかち割るわけにはいかないので、指でこめかみを押す。
「どうしたの?」
「……三十路過ぎの男には、色々あるんだよ」
適当言って誤魔化して、壁に並べられていた椅子に腰かける。
「それよりも……お前に、聞いてほしいことがある」
「なに?」
マリアも同じように椅子を引っ張り出し、向かいに座った。
「オークリーがここの救護所に担ぎ込まれてきた」
「え?」
彼女が腰を浮かせる。
「あの馬鹿タレ、俺達が兵站に関するそろばん勘定してる間に、地下を回ってたらしい」
俺は、オークリーから聞いた話をマリアへ全て伝えた。
マリアは彼女の働きに感心すると同時に、内に秘めていた危なっかしさも感じたようだ。
禁煙の文字を忘れたのか、平然と煙草に火を点けながら感想を話す。
「意外だったな。オークリーさん、デキル女風だったから、誰かさんみたいな無茶するとは思えなかったけど」
誰かさんと口にした際、鋭い視線をこちらへと向けてくる。
言い返せるわけもないので、黙ってマリアが持つ煙草のパッケージから一本抜いて咥えた。
「火くれ」
「ほら」
ニコチンを飲み込むと、にわかに頭が冴えだした。
「……アイツがいつだか言ってたこと、本当だったんだな」
「え?」
「『好きですよ』だ。俺がアイツに『お前は、この国が嫌いなのか?』って質問した時に、こう返されたんだよ」
訪れるであろう悲劇を防ぐ、もしくは少しでも被害を減らすために文字通り身を粉にして動いていたのだ。それなりに貰っているはずの給料の度を越している。
本当に好きだからこそ、彼女は動いたのだろう。
あの時、彼女は読めない曖昧な笑みを浮かべていたが、言葉はちゃんと本心を口にしていたらしい。
「そんなことが……って、コソコソ会ってたもんね、オークリーさんと」
「お仕事ですから」
妙ににっこりしているマリアから目を逸らし、窓の外に煙草の灰を落とした。ついでに話題も変える。
「とにもかくにも、今回の事件、やっぱり黒幕がいるってことだ。それも、特別頭が切れて、何考えてるかよく分からん」
「……いや、何考えてるかは分かるよ」
「マジで?」
「私も思い出したのよ。ブルックリン橋が吹き飛んだ日、大量のプラスチック爆弾を買った奴が言った言葉をね」
「なんて言ってたんだっけ?」
「『マンハッタンを浄化にする為に』って」
「そんなことも言ってたなぁ」
一週間くらい前のことなのに、遠い昔のように感じる。
気分はさながら、酔ってひと眠りしたらウン十年経っていたリップヴァンウィンクルだ。
「……だとしたら、襲ってきた連中がやってることが、浄化なのかね」
俺が半笑いで言うと、マリアが煙を吐きながら応じる。
「まさか。御託並べてるだけの、ただのテロよ」
「テロだとしたら、このあたりで犯行声明の一つでも欲しいな」
これから文字通りぶっ飛ばす連中の面と、御託ぐらいは確認しておきたい。
こういう事件の犯行声明というのは、えてしてリーダーレベルの人間がやるものだ。面が分かれば、対面した時に他の連中の最低でも五倍は痛めつけられる。
もっとも、気配こそすれ、姿を一向に見せてこない黒幕が犯行声明を出すとは思えない。表に出てくるのはピエロだろう。
「タイミングとしては丁度いいけどね。マンハッタンをあらかた占領して、士気も上々だろうし」
話が一段落したので、お互いに煙草を消し、乾いた喉を水で湿らした。
もう少し休んでもいいのだが、ヤる気スイッチがONになったようで目が冴える。体温が上がり、胸の鼓動が高鳴る。
このときめきを察してくれたのかどうかは知らないが、兵士が一人、血相を抱えて部屋に飛び込んできた。
「テロリストから犯行声明が出ました!」
のんびりしていた空気が、一気に張り詰める。どんな奴がどんなことを言うのか。純粋な疑問が脳のフィルターを通り、緊張や不安、恐怖、そして興奮として出力される。
俺は溢れんばかりの唾を飲み、飛び込んできた兵士に詰め寄った。
「犯行声明、どこに流れてる?」
「ネットです。大手の動画投稿サイトと、大手SNSについ数分前に」
反射的に携帯を見るも、停電のせいで基地局が死に圏外となっていた。
舌打ちをして、また兵士に訊ねる。
「司令部では見れるのか?」
「え、ええ……。ウチは自前のネット設備がありますんで――」
兵士が完全に言い終わるより先に、俺の身体は動いていた。
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