船の中で
早朝三時。
犯行声明がネットに流れてから、十八時間が経った。
俺達は大学の表通りに整列していた。出撃準備を整え、マンハッタン奪回作戦を開始するためだ。
皆、SCARやベネリで武装しており、この状態で戦場に放り出されてもすぐには死ななそうだ。
自分含むISS強襲係、七十八名が軍のトラックに乗り込む。総勢は八十名なのだが、二名は避難の際に負傷して今は救護所にいる。
「いよいよね……」
「ああ……」
ヘリに乗ってからは煙草が吸えないので、荷台で揺られながらマリアと吸っておく。
ルートとしては、トラックで一度マンハッタンを出て、そこからヘリに乗りイースト川河口にいる強襲揚陸艦に向かうというものだ。
回り道せず大学から直接、ヘリを出せればいいのだろうが軍の動きをマンハッタンの連中に悟らせないためと、ヘリを鹵獲されたスティンガーで撃墜されないためには、回り道が一番の安全策なのだ。
ハーレム川を渡り、トラックはヨンカースのバン・コートラント・パーク前に止まった。電気関係が死んでいるのはマンハッタンだけらしく、ここは街灯が煌々と芝生やゴミ箱を照らしている。
公園の広場には、海軍所属のCH-53Eが二機停まっており、従うがままにそれに乗った。
空を飛びながら、遠巻きにマンハッタンを見下ろす。
目を凝らして、ようやくビルの輪郭が浮かんでくるぐらいに真っ暗なマンハッタンは、それ自体が大きな影のようだった。
影に沈む町というのはどこか詩的だが、実態はテロリストが闊歩する悪徳と退廃の地、ソドムとゴモラだ。創世記によるとソドムとゴモラはヤハウェの怒りによって天からの硫黄と火で滅ぼされたそうだが、ここはどうなってしまうのか。
(塩の柱に変えられるのは勘弁だな)
柄にもないことを考えていると、眼下に船が見えてきた。
ワスプ級強襲揚陸艦が二隻、ホイッドビー・アイランド級ドック型揚陸艦も二隻見える。俺の記憶が確かなら、一隻あたり千人以上の兵士を運んで展開できるはずだ。
甲板にはAH-1Zの影もある。
きっと、中のウェルドッグには装甲車が乗せられたエアクッション艇もあるはずだ。これで一つの戦闘団となっているのだろう。
ヘリは降下し、ワスプ級の甲板に着陸する。
「ご苦労様です」
出迎えに来てくれた海兵隊大佐が、俺達に対して深くお辞儀をしてくれた。
「奪回作戦指揮官、サンドマンです。早速ですが、ドッグの方に。作戦概要を説明いたします」
サンドマンに案内されるがまま狭い艦内を抜け、ウェルドッグへと入る。
そこにはAAV7や上陸用のゴムボートが所狭しと載せられており、周りでは海兵隊員や水兵が点検をしていた。時間的に考えて最終点検だろう。
そのせいか、誰も彼も表情を張り詰めさせている。
サンドマンはマンハッタンの地図を貼ったホワイトボードの前に立ち、咳払いをした。
「既に作戦についてお聞きになったかもしれませんが、改めて説明いたします」
地図の下部。イースト川の河口付近を指揮棒でなぞる。
「〇五○○に、この範囲と――」
指揮棒の先がセントラルパークに移る。
「ここにミサイル攻撃を仕掛け、敵の指揮の混乱と上陸地点の確保をします。同時に、攻撃ヘリを出動させ、上空で支援体制に移ってもらいます」
指揮棒がイースト川河口付近を叩く。
「我々はここから出動し、同時に――」
イースト川の反対を流れるハドソン川を指す。
「陸軍の第75レンジャー連隊の一個大隊が、地下トンネルを通ってマンハッタンの西側から浸透します。最終的には、彼等との合流を目指してください」
これは前の話にはなかった。戦力の増強か、それとも今回いいとこなしの陸軍が名誉挽回のために精鋭を引っ張り出してきたか。
どちらにせよ、兵隊の数は多い方がいい。
「合流の後、装備や編成を整え、北上して市立大学を目指してください。大雑把な作戦概要は以上です」
次に質疑応答。パラパラと手が上がり、大佐が細かに答えていく。
粗方答え終わり、大佐が質問を打ち切ろうとした時に俺は手を上げた。
「そこの、緑のジャンパーの人」
「では……。大佐殿、交戦規定は?」
俺がそう口にすると、元軍人の同僚が「ああ」だの「忘れてた」だのと口にする。
無理もない。ISSの職務規定に交戦規定はないからだ。
そもそも交戦規定自体、軍隊がどのような場合に交戦するかを定めたルールだ。
警察やISSの場合、そんなことを気にしていたら死にかける場合が多く、余程の事態以外は自己判断で発砲が許可されている。
警察に限っては、拳銃や武器使用の規定はあるものの、正当防衛での無許可の発砲は認められている。
「交戦規定。確かに、説明するのを忘れてましたな」
大佐はハハハと笑いながら、手のひらで軽く頭を叩いた。
そして、急に真顔になった。
「ROEね、正式なものはありますが、ここではISSの皆様に合わせて言わせてもらいますよ」
一拍置いて、凄味のある声で放つ。
「見つけ次第、殺してください。情けも容赦も必要ありません」
「……問題発言ですね。白旗上げてきたらどうするんです?」
「そうしたら、受け入れればいいです。ただ……これは戦争ではありませんから、ジュネーブ条約を守る必要はありません」
これが録音されていたら、大佐のクビは綺麗に飛ぶだろう。
けど、それで茶化す者も顔色を変える者もいない。俺含め、皆真剣な表情で聞いていた。
「この国、世界平和のため、世界の治安維持のために殺してください。……この作戦が失敗した日には、世界は崩壊への道を辿るでしょう。けれど、そんな世界、私は見たくありません」
殴り込み部隊と揶揄される海兵隊の大佐がそう言うのは、妙な説得力と想像を掻き立てる力があった。
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