行動の結果

 目が覚めたので時計を見てみると、時刻は十一時を回っていた。

 こんなに寝たのは、久しぶりな気がする。

 八年に渡る自衛隊生活で染み付いた五時起きの習性によって、どんなに疲れていても五時前後に目が覚めるようになってしまっていた。

 なのに今回は、十時間近く寝ている。疲れがきているのだろう。


(久々だったもんな……)


 大立ち回りではないが、明確な殺意を持った敵と向かい合ったのはデトロイト以来二か月ぶりだ。

 命のやり取りというのは、いつやっても、どうやっても心身にくる。疲れないはずがない。

 それは同僚達も同じようで、見回す限り、大半の同僚はまだ寝ている。

 隣で寝ているマリアも、いびき一歩手前の寝息を立ててぐっすりだ。


(喉渇いた)


 レーションと一緒に配られた水のボトルに手を伸ばすが、中身は一口分も無い。当然、その量で渇きは癒えない。

 毛布を剝ぎ、教室を出る。廊下は昨晩に比べ、だいぶ閑散としている。

 疑問を持つ間もなく、すぐに答えが提示される。

 窓の外からする爆音。ヘリのローター音だ。

 俺が寝こけているうちに、かなりの数の民間人が避難したらしい。

 彼等からすれば、着の身着のままで住み慣れた地を離れるのは辛いはずだ。しかし、このままここにいたとて、必ず状況が好転する訳でもないのだ。

 明日に予定されている作戦が失敗に終わる可能性だって、ゼロではない。防衛ラインが崩壊して、ここにまでテロリストがなだれ込んでくる可能性もある。

 なら、せめて撃たれる可能性がない場所にいた方が肉体的にも精神的にも安心できるはずだ。

 外に出て、配給所らしき場所を探す。

 昨晩はあれほどいたはずの兵隊も、何処かに消えてしまったようだ。

 いや、冷静に考えて避難活動の手伝いをしているのだろうが、少しばかり残っているはずの連中ともすれ違いもしない。

 辛うじて聞こえるヘリの音やら鳥の声が、世界に自分一人しかいないかもしれないという妄想を否定してくれる。

 適当にほっつき歩いていると、食堂にたどり着いた。

 丁度いいことに、そこが配給所だった。そこにはちゃんと兵士がいる。


「貴方……」


 兵士は私服姿の俺を訝しんでいる。避難対象の民間人だと、勘違いしているのだろう。


「ISSの赤沼だ。昨晩から、ここで世話になってる」

「ああ、ISSの」


 身分証を示したことで、誤解は解ける。更にISSと分かり、兵士の態度は軟化させた。


「何が欲しいんです? 銃ですか、弾薬ですか?」


 彼らの視線が、俺の脇に吊られたシグに集中する。


「いや、水が欲しいんだ。同僚にも分けたいから、出来ればケースでほしい」

「ははぁ、分かりました。あとで、部屋に持っていきますよ」

「ありがとう」

「いや、昨日の夜、仲間がかなり世話になったようですし。このくらい、なんてことありません」


 もしかすると、俺が率いていた中に知り合いがいたのかもしれない。そんなことを考えると、柄にもなく胸が温かくなってくる。


(情けは人の為ならずって、こういう意味なんだろうなぁ)


 先人の言葉をしみじみと感じていると、天井のスピーカーがブツブツと鳴り出した。


『えー、ISS本部所属のアカヌマ様、赤沼様。大至急、救護所までお越しください』


 音割れ気味のスピーカーが呼び出したのは、驚くことに俺だった。配給所の兵士達の視線が、一斉に俺へ向けられる。

 俺は愛想笑いを浮かべながら。


「あー……。ちょっくら行ってきます。それと、ケースの水とは別に、ボトルのやつを一本ください」


 そう要求をした。

 水を貰い、ついでに救護所の場所を訊ねる。救護所は科学研究棟の一階と、その裏庭だった。

 大至急と言われたので、そこへと駆ける。研究棟に入った途端、濃い血の臭いが鼻を刺した。

 反射的に口元と鼻を手で覆う。それでも膿や消毒液の臭いが、指の隙間から入り込んできた。鉄火場とはまた違う修羅場の臭いだ。

 衛生兵やら召集されたらしい医者が慌ただしく動き回り、その隣をナースが道具やら薬やらを抱えて付いてまわっている。

 声を掛けようにも、殺気立つ医者に対して躊躇していると。


「アカヌマさんですか?」


 白衣と緑色の作業着を着た女医が、疑問符を付けながらも声を掛けてくれた。


「そうです。私が赤沼です」

「突然すいません。さっそくですが、この女性に見覚えは?」


 医者が白衣のポケットから出したのは、黒革の身分証だ。

 顔写真を見る。そこにあった顔に、思わず表情が強張る。


「……オークリー」

「ご存じなんですね」

「まぁ、仕事で何度か。……彼女は?」


 軍がマンハッタンに来ることが決まった日以来、彼女とは顔を合わせていない。

 どこかでどっこい生きていると思っていたが、ここにいるということは少なくとも無事ではないということだ。


「三時間ほど前に、ここへ担ぎ込まれてきました。酷い低体温症と脱水症状で、あと三十分発見が遅ければ助かりませんでした」

「低体温症?」


 四月の夜が冷えるとはいえ、凍え死にするほどではない。


「いえ、発見した兵士の話だと、全身ずぶ濡れだったそうです」

「ずぶ濡れ?」

「おそらく、地下鉄を通ってきたのだと思います。発見されたのも、地下鉄の階段だったそうですし」

「地下鉄でずぶ濡れ?」

「ニューヨーク地下鉄の坑道は、ポンプで地下水を汲み上げてるんです。でも、今は電気が消えてますから、水没してしまうんですよ」

「……なにやってたんだ?」

「それで、意識が戻ったと思ったら、開口一番あなたの名前を口にしましてね。どうしても呼んでほしいと」


 医者が嘘を言う理由はない。

 行方不明になっていた彼女が何を話すのか。俺は女医の案内に従い、オークリーがいる二階へと向かった。

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