牛になるぞ
アメリカ合衆国。マンハッタン。
司令室で話を聞いた俺達に与えられた任務は、身体を休めることだった。
作戦開始は明日。
十分とは言い難いが、時間はある。休めるうちに休むが吉だろう。
割り振られた教室に入る。そこには何十枚もの毛布と、段ボールに詰まったMREレーションと水のボトルがあった。
「飯だ!」
食事というのは、いつ戦闘になるか分からないストレスの中、走り回っていた対価としてはこれ以上ないものだ。
俺達は恥も外聞もなく段ボールに飛びつき、中身を取っていく。
三日間絶食していたわけでもないのに、それに等しい飢餓感を覚えている。俺が手にしたのは、メニュー番号17の物だ。
外袋にはソーセージメープルフレーバーとある。
カリカリに焼いたベーコンとメープルシロップを合わせるのは、鉄板だが、メープル味のソーセージとはこれいかに。甘党の端くれとして確かめたくなると同時に、この袋を手にした運に感動する。
なんだか嫌なこと全て忘れられそうな気すらしてくる。
袋を開け、それを逆さにして中身をぶち撒けた。
真空パックとレトルトパウチ、そして塩やインスタントコーヒーが入ったビニール袋が毛布の上に落ちる。
「色々あるのね」
「……作り方、分かるか?」
「分かんない」
一応、馬鹿でも理解できる説明がそれぞれの袋に書かれているのだが、見せてみせる方が早いし簡単だ。
まず、温める物と温める必要がない物の二つに分ける。
この場合、前者は主食のソーセージやマフィン、後者は粉グレープジュースやブルーベリーグラノーラや乾燥ナッツだ。
そして、付属しているヒートパックに規定量の水を注ぐ。書いて字の如くだが、これで温めるのだ。
発熱部をサンドする形で、パックやパウチを入れる。マリアがこれまでの手順を、見よう見まねで実践した。
「じゃあ、温めている間に、ジュースとグラノーラを作っちまおう」
作ると言っても、これまた規定量の水を注げばいいだけなので楽だ。他はせいぜい、グラノーラを付属のスプーンでかき混ぜるだけ。
残りの時間はクラッカーを食べて潰す。
クラッカー用のピーナッツバターは予想に反して甘さ控えめで、くどく感じない。
クラッカーを食べ終え、温めていた物の様子を確認する。いい具合に温めっており、食べ頃だと確信する。
味気ないクラッカーを片付け、主食に手を付ける。
バスクリンもびっくりな青色をしたグレープジュースで喉を潤しつつ、メープル味のソーセージを齧る。
ソーセージといっても腸詰めではなく、合成肉のハムみたいなものだ。味は甘じょっぱく、どこか懐かしい。照り焼きめいた味だ。
「美味いな」
「だね、意外といける」
出来たばかりの頃のMREレーションは、評判が悪かった。長期保存が念頭に置かれてるので、味は二の次。保存料などの臭いも強烈で「とても食べられたものじゃない食べ物」や「敵からも拒否された食べ物」などと揶揄されていた。
俺が自衛隊時代に先輩に聞いた話では、日米合同演習の際、米兵が何も知らない若手自衛隊員を騙して、評判のいい自衛隊の戦闘糧食とMREを交換させていたらしい。
酷い話だが、個人的にはその時代のMREも食べてみたいものである。
「レーションも悪くないね」
「まぁ、たまにはな」
飯に関しての何事にも言えることだが、たまに口にするから美味しい物が存在する。レーションはその類に入る。
だからこそ、どこの軍隊もフィールドキッチンで温かい飯を作っているのだ。
戦地で不味い飯を出そうものなら、三日で白旗ものである。
「マフィンも美味しいよ」
「これ夜食じゃなくて、朝飯に欲しいな」
ソーセージとマフィン、それにナッツ、グラノーラの汁に至るまでを胃に収め、食後の歯磨きガムを噛む。
「口直しに丁度いいね」
「だな」
レーションには一応ティッシュが付属されているのだが、ガムを吐き出してゴミを増やすのもなんなので、そのまま飲み込む。
同僚が持ってきてくれたお湯を使い、これまたレーションに入っていたインスタントコーヒーを淹れる。
砂糖と粉クリームが標準装備、というかこれらを入れないと飲み物にならないので遠慮なくぶち込む。俺好みなベタ甘なカフェオレもどきなコーヒーより苦いが、文句を言うほどではない。
「ごちそうさま」
手を合わせ、ごみを元の袋にまとめる。
まとめていると、隣でマリアがあくびをした。カフェインたっぷりのコーヒーを飲んだばかりなのに、眠くなったらしい。
「……ホッとしたら、眠くなっちゃった」
「寝れば? 作戦は明後日なんだから」
「……そうだね」
疲れもあるのか、既に彼女はうつらうつらしている。
俺はレジャーシート代わりにしていた毛布を、彼女に掛けた。
「あったかい……」
「ケツ敷きにしてたからな」
俺のコーヒーはまだ残っていたので、一緒に毛布に入らず夜更かしをすることにした。
マリアの寝顔をアテにして、ささやかな休息を満喫する。
俺は眠気がこみ上げてくるまで、黙ってマリアの寝顔を見つめていた。
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